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2014/08/23

自分の思うとおりの授業をすればいい

久しぶりのブログ。その理由はさておいておいて、書きたいことをいつもながら書いていきます。

この頃、というよりも、ずいぶんと長くトピックとなっていることに「英語は英語で教える」ということがあります。「そうするべきだ」という側と、「その推進に反対だ」という側と、きれいに分かれていますよね。

考えてみると、何かを真剣に突き詰めていこうとすると、その分野の中でも特に興味や関心を持つ分野が出てくることは当然です。そして、分野というその「課題」は変わっていきます。ゴルフであれば、ドライバーで飛距離を稼ぐことに興味を持つ時期もあれば、アプローチ中心の練習の時だってあります。
同じように英語教育だって、授業や研究と真剣に向かい合っていれば、自分のスタイルや課題が目の前に現れる。それが文法指導だったり、音声指導だったり、読解指導だったり、テスト作りだったり、いろいろとあるわけです。

だから、いろんなスタイルがあって私はしかるべきだと思う。音声へのこだわり、歌へのこだわり、文法へのこだわり、すべてあってかまわない。オールマイティはありえないません。たとえ、オールマイティの英語教師がいたとしたって、5単位×35週という最大限の授業をしても175時間しかありません。1年間にその程度の時間で、あればこなす、これもこなす、というのはまず不可能。(そもそも、175時間なんてないし) 一般的には、教科書を共通で進めつつ、どこに力点をおくか程度なんです。

ところが、こだわりが強くなってくると、「自分の流儀」を他者に押しつける先生が現れたり、自らを「孤高の教師」と位置づけて授業など興味関心のある分野しか仕事をしない先生が現れてくる傾向がある。これは30代までならまだ「許される」ことです。

その一方で、授業に向かい合わなければ、授業はいい加減になる=こだわりがない、自分の課題の授業となる。そうなると、授業は昔ながらの読んで訳すだけになったり、ちょっと声が大きな人や、職場の「流れ」を受け入れていったり、と「あなたの専門性はどこですか?」授業になっていく。

両者にいえるのは、周囲とつながりを持っている「独立した個」になっていないわけです。授業だけにこだわりを持って、それだけやっていく時期も必要だろうが一定の年齢になれば周囲を連携させるような「雑用」だってしなければならい。ポリシーのないまま授業を進めていくような独立性の放棄だって恥ずかしいことです。

「独立した個」に教師はなるべきだと私は思う。誰になんといわれようと、自分の譲れない一線は持つ。しかしそれは他者に押しつけることはしない。

「授業は英語で」を他者に押しつける人々の根底には、「英語教師不信」があるのでしょう。いや、否定しなくてもいいです。心の中をじっくりと見つめてくださいよ。自分は英語ができるし、授業の進め方もうまい。それにひきかえ、俺たち以外の教師はなんだんだよ。あいつら、英語で授業もできないし、読んで訳すだけの授業なんて、いつのことをやっているんだ。(実際に、彼らのグループ以外の先生が「読んで訳すだけ」とはあまり思えないけど)

一方、それに反対する人たちには、押しつけられることに対する反対があるのではないかなぁと忖度します。だって、英語の運用力のとっても高い先生がこれに反対しているじゃないですか。やろうと思えば、やれるわけです。(もしかしたら、やっていたかもしれない)

どちらが方法論として優れているのか。これは、分からない。だって、「実験」ができないわけです。どちらだって、生徒の英語力がアップしたという結果はでるでしょう。(そもそも、アップしていない結果は出さないでしょう)
それに、授業で英語を本人が使わない先生に教えられている生徒は、それに危機感を持って、英語を話すように努力をしているかもしれません。すべて英語で授業を受けている生徒は、チンプンカンプンになって、自分で文法を勉強しているかもしれません。
「英語力」「意欲」が同じで、「授業以外(授業で指示された以外)の学習を制限」することを受け入れてくれる教室なんて絶対ないないわけですよ。
だから、どちらが優れているかという方法論には結論がない。

恥ずかしいことは、宗教的にまで自分の方法を絶対視したり、その方法論を広めようと大御所や権力とくっついたりすることです。そして、自分の趣味的な仕事以外はやらないことです。そういう人が「実績」なんていったりするから、ちゃんちゃらおかしく感じます。
証明できないことを絶対視することは宗教で、その自分の価値観を普遍的なものだと信じ込み周囲に押しつけていくことは浅はかです。

まずは独立した個になること。そこから「文化」は広がっていくと私は思いますが、どうしたら独立した個になれるのか。私にもよく分かりません。

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