« 先生の成長2 | トップページ | 先生の成長4 »

2013/07/27

先生の成長3

 「グローバル人材を目指す」という一種のスローガンに私が心の底から嫌悪感を抱くのは、それが「経営者サイドにとって都合のいい人材を目指す」ということだからです。もちろん、人の生き方を一方的に規定しようとするその傲慢さにも腹立たしさを感じます。
しかもその「グローバル人材」という定義がよく分からない。どうも、英語がある程度、自由に使えるというのは条件らしいというのは分かる。そして、海外で活躍できるという要素もあるらしい。「活躍」というのは、しっかりと利益を生み出せるような交渉力を備えた人間なんでしょう。自分で起業して、世界に通用する革新的(イノベーティブっていうんでしょうか)なナントカを作り出すのも、グローバルっていうのかもしれません。そして、企業が削減したいのが人件費ですから、管理職になるまでは給料がいくら低くても文句はいわない。サービス残業もいとわない。(残業という発想すらない人かもしれませんが)そして、経営者に利益以外で主張することもない。少なくとも、学校の先生という仕事とは対照的なものですよね。だって、学校の先生で、彼らがいうところの「利益」を生み出している人なんて、まずいないでしょうから。世界で働けるわけもなく、交渉力も弱い。流行のディベートをしたところで、周囲を納得させている人って、どのくらいいるんだろうか?(苦笑) 革新的な技術を生み出している人は、理系で多少いるかもしれないでしょうけど、文系ではほぼ皆無でしょう。職員会議では、管理職に対して自分たちの主張はしっかりとする。唯一あてはまっていることは、「サービス残業」をしているところ程度かな。そう考えると、私たち教員は「グローバル人材」としては条件を満たしていない人ばかりです。もちろん、一部の大学の先生には、「グローバル人材」はおられるのかもしれないが、ほぼ全員は違うでしょう。
 教員だけではありません。日本の若者のうち、どれほどが彼らのいう「グローバル人材」になっていくのか。ほとんどならないでしょう。(もしね、半分以上がなってしまったら、彼らの方が困ってしまうかもしれません) 
 では、どうして「グローバル人材の育成」というのか。それは「グローバル人材」を若者に目指させ、それがうまくいかなかったら、「お前は落伍者だ」というような意識を植え付け、非正規雇用だとか、安い人件費で働かせることが、「影の目的」ではないかと思えて仕方ないのです。もし違うなら、非正規雇用の割合の増加を説明できない。

 この「ゲーム」に学校は参加していませんか。「グローバル人材の育成」の元に「学力向上」をうたい、それを「大学合格」に結びつける。ゴールともいうべき大学合格を数値で表し、そこに向けて走らせる。私立学校はこの合格者数という数字を学校の経営の「道具」としているでしょう。そして公立学校までがここ10年程度で、このゲームに加わってきています。そのため、「優秀」な教員を私立は公立から引き抜いたり(まぁ、引き抜かれるわけですね)、公立は「主要高校」に集めたりしているわけです。そして、「実績」を(生徒が)出すと、それが(管理職・教師の)手柄になります。このルートにうまく乗っかった生徒は、まだ学校に違和感を持たないでしょう。しかし、乗ることができなければ、「母校」とは呼びたくもないのでは? 学校の目標に「貢献」できなかったのですから、あまりいい気分ではないでしょう。
 彼らの目指す、一部のエリートと、多くの人件費の安い非正規雇用を生み出す競争は、学校の大学合格者実績数競争から始まっているというのは、いいすぎでしょうか。前回に引き続き申し上げれば、私は生徒が大学に行くことを否定しているのではありません。そして、大学にいけるなら、大学で学んでもらいたいと思っています。そして、大学進学へのモチベーションだってしています。私が主張することは、それは生徒の内面から湧き出てきた学びたい意欲がきっかけとなるべきであり、決して学校側が規定しようとするべきものではない、ということです。学校は、生徒の内面の成長を促すものであり、その成長の結果の「果実」は提示すべきではないと思っています。
 大人は往々にして、自分の思い通りにならない子どもを脅かします。「そんなことじゃ、この世の中の『果実』をとることができないんだぞ」と、さもその「果実」は誰にとってもすばらしいものであり、普遍の価値を持つものとして提示します。でもね、いっている大人自体、それが本当の果実だと思っていなかったり、実は果実を手にしたことがなかったりするわけです。結局、自分の思い通りに子どもをするための「幻想の果実」に過ぎないわけです。私は、学校の教員はそれが「幻想の果実」だと分かっている人が少なくないと思っています。
 そうすると、なかなか書きにくいことではありますけど、今の「学力向上」「進学重視」の掛け声の延長線上には、子どもを自分たちの思い通りに育てたいという大人の醜い心情が入っているような気がしませんか? 同意してくれる大人は少ないかもしれませんが、同意してくれる子どもは多いような気がします。

« 先生の成長2 | トップページ | 先生の成長4 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 先生の成長2 | トップページ | 先生の成長4 »

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
フォト
無料ブログはココログ

おすすめ