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2012/08/21

やりがいのある職場(一般論)

 日本学生支援機構に問い合わせ。その対応があまりにも嘆かわしい。この機構がまとめている「奨学金」とは、「学生ローン」なのだが、大学入学後の奨学金の取りまとめ=学生ローンの片棒を高校の教員に担がせています。私は今年担当なのですが、「期日通りに書類を提出しなければ受け付けないぞ」「返せないときには金融機関のブラックリストに載せるかもしれないから、生徒にしっかり伝えておけ!」という内容をFAX1枚で送りつけてきます。いちばん驚いたのは、提出した書類の一部に不備があったという8/8の連絡で、8/17までに提出するようにというFAX。彼らにはお盆休みも何も、関係ないそうです。生徒と連絡がつかない学校も続出だったのでは?
 高校にまとめさせた方が彼らにとって楽なんだろうけど、「そもそも論」でいえば、どうして高校が「奨学金=学生ローン」の事務の手伝いをしなければいけないんだろうか?これって、勤務時間中にするべきことなの?という疑問があります。日本の大学で必要なことは、こういう機構がなくても学びができるよう、大学の学費を抑えるような政策ではないでしょうか。整備新幹線よりも、若者の学びをサポートする方が、国家百年の計になると思うんですけどねぇ。

話題転換。

目崎雅昭氏によれば、人間の幸福度が低い国は、「旧共産主義国」と「アジア」に多いそうだ。一方、北欧や南米は高い。彼は、「自殺率が低くても幸福な国とはかぎらないが、自殺率が高い国に、幸福な国はない」と結論をしているのだが、その前に次のように述べています。

  • 自殺率の高い国は、ほとんどが旧共産国とアジアである。共通点をひとつあげるとすると、「権威主義」もしくは「集団主義」だろう。どちらも「個人の自由」が軽視される。(「幸福途上国ニッポン」(p.35)

そして、宗教や経済など何が幸福と関連性が強いのかについて、明確さがないとした上で次のように述べている。

  • 地域主権と寛容さについては、幸福度との相関関係が非常に強い
  • 寛容度の低い日本は、不寛容な人が多いのではなく「長いものに巻かれろ」の精神で不寛容さを容認している(p.59)

その場にいることが、「幸福」であると感じれば、その場のために活動する人は多いでしょう。自分にハッピーをもたしてくれている場は大切です。そのためには、指導的立場の人が、寛容さを持ち、ひとり一人に自己決定権を与えなければなりません。「お前たちはオレのいうことを聞け。そして、この場のために全力で働け」というのは、論理的に難しい。それが可能になる場合は、徳川家康の「大将のいましめ」にあるように、「家来はな 惚れさせねばならぬものよ」とできるカリスマ性を指導者がもつ場合だけでしょう。人間的な魅力がなければ、無理ということです。

振り返って英語教育。長くひとつの仕事を続けているということは、それなりにこだわりが出てきます。こだわりなしに授業を続けていくのは辛い。そんな授業は生徒も聞かなくなるでしょうし、生徒から相手にされない授業ほど辛いものもありません。生徒とうまくやっている授業=成功している授業とは、教師のこだわりに裏打ちされています。この「こだわり」は、いろんなスタイルがあります。「訳読」や「ライティング」、そして「発音」や「英語の授業は英語」で、「音読」「文法(構文)」などなど、それが様々な割合で「こだわり」となって授業が成立するものです。それができる人は、学習者との人間関係が成り立っています。(一部の学校でしか人間関係を作れない人の「こだわり」って、???と私は思う)

「英語教育法」をこえた、授業で役に立つ情報とは、これらの「こだわり」の羅列でいいのではないかなぁ。その羅列の中から、「勝手に学ぶ」ことができれば、それで授業はよりよくなっていくのでしょう。

次のような一般論も成り立ちます。あくまでも、一般論ですよ,一般論。

「指導者的な立場」になった人が、自分のこだわりを押しつけてくると、「ご指導をいただく人の幸福感は低くなる=生産性は低くなります。彼らのこだわりも間違いではないが、それを押しつけてくることは間違いだということに気づいていません。そう、宗教のように、自分たちこそ正しいと思っているのですから。
生産性が低くなったこと・自分のいうことを聞かない人が多いことに焦り、「指導者的立場の人」は最初は飴を与える。いうことを聞けば、ほら、君たちは○○という輝かしいポジションがあるよという利権や名誉欲をくすぐります。それでも聞かない人が多いと、次に脅しをかけてきます。自分が定めたことは脇に置いておいて、「これは決まりだ」「定められているぞ」「いうことを聞けないなら、この仕事からやめろ」と重ね、さらに「ご指導をいただく人」との距離は開いていきます。
そして、その先には何が待っているんでしょうか。

少なくとも、「その場で働く人が幸福=やりがいを感じ、生産性の高い社会」ではないでしょうね。そして、「指導者的立場」の人は、「レベルの低いやつらは困ったもんだよな」といって、世代交代していくのでしょう。

2012/08/18

矜持

帰宅後に、いつものように東京新聞。この新聞の読者になって数年になりますが、他紙とは比べものにならない旺盛なジャーナリスト精神を楽しんでいます。昨日(2012/08/17)の夕刊の「あの人に迫る」(浦河べてるの家創設者 向谷地生良)も秀逸。備忘録として一部を書いてみます。

  • 精神疾患がある人の生きづらさは、もしかしたら専門家の態度が作っているのではないか。専門家が社会の中でいろんな人たちと暮らし合うことを阻害しているのではないという印象を持った。
  • いつでもアクセスできる、電話できることで家族や患者の不安は半分になると思っている。
  • 一から別の努力を要することは日常茶飯事。
  • 人が生きがいを感じて暮らすということにテーマを見据えないと、ただ地域で支援をしても問題は解決しないでしょう。
  • べてるの家は精神障害がある人たちがいろんなものに挑戦して、自分の可能性を追求する場所です。

この記事での向谷地さんのポイントは次の3つ。

  1. 患者とは距離を取れという精神医療の「常識」に対する疑問
  2. 現場の専門家としての矜持。(=経験からの学び、柔軟性)
  3. 器(病院→地域)に魂(哲学)を入れなければ成功しないという信念

向谷地さんの苦労とその先にあるやりがいが感じられるすばらしい記事でした。

いつものように我田引水すると、これって、英語教育にもかなり当てはまらないでしょうか。

英語という教科は、他教科に比べて「実用性」ということばが当てはまりそうに感じられます。「小学校から10年以上も音楽を学んでいるのに作曲できないのはけしからん」という人はいないでしょうし、「日本史を勉強しているのに、年表も自分で書けないの?」なんていう人もいないでしょう。実用性をその教科に求めてくる人は、かなり少数でしょう。

ところが、英語は残念なことに、実用性を求めてくる人が、多数になる。おそらく、海外旅行にいったときに話せたらいいな、という「軽い実用性」を求める人たちから、日本の国力アップのためにも英語教育を!という「強い実用性」を求める人たちまで、かなりの人数がいる。(でも、「英語がなくても生活できる人」は圧倒的多数なところに矛盾を感じるんだけどね、私は)

「上」からやってくる英語教育の概念は、「強い実用性」を目指すものであるけれど、「下」にいる学習者は、「強い実用性」を求めていない。(あくまでも傾向の話しね) ここに温度差が出てくる。それを埋めるために、「将来、英語は必要だぞ」「これからのグローバルな社会のために必要なんだ」なんていう演説をぶってしまう。学習者だって大人を見ていますから、「でもウチの親は使ってないし」となる。(あくまでも傾向の話しね)

「強い実用性」を目指す人たちは「間違っていない」人たちである。「英語が使えなくていいと思っているんですか」「韓国のメーカーの利益が大きいのは、英語が使えるということも大きな要因だ」といってくる。(後者は、為替レートや外向的経済のこと、そして中小企業がその影で苦しんでいることなど、総合的に考えて発言しているんだろうかと私は疑問に思う) そして、「だから、実用性を目指せ」「英語を読めるようにせよ」「発音を正しく!」となってくる。うん、それらは「間違っていないご指摘」である。

その「間違っていないご指摘」をもって、目の前の生徒に伝えても、説得力はあまりない。「確かにそうかもしれないけど、入試で英語ができなくても、理科がオレ得意だし」「内申点いいから、なんとかなるだろうし」「3年生で18あれば、あの高校は合格できるし」となって、その実用性を重視する「間違っていないご指摘」は、実用的でないアドバイスを生み出してしまう。

その結果、「間違っていないご指摘」が通用する、圧倒的に少数の学校で「これこそ、英語教育であるのだ」という「実践」を重ねたり、あんな事やこんな事をいったり、発表したり、する。だって、本人たちは「間違っていない」のですから。でも、「間違っていない」ことは、「正しいこと」じゃないんです。

「正しいこと」は目の前の生徒によって異なってくる。教師自身が、人生に対する哲学を持ち、目の前の生徒が望んできているものを、「受け入れるべきもの」「受け入れてはいけないこと」「どちらともいえないもの」にしっかりと分けた上で、「間違っていない指摘」を授業の中に組み込んでいく。目の前の生徒にとって適切な「指導法」を探していくことは、生徒の成長を願う教師なら探そうとするものです。

それがなければ、どんな立派な教科書を使おうが、どんな立派なシラバスだろうが、どんな立派な指導法だろうが、私は意味がないと思う。器を作れば、解決するはずなんてないし、強制された「魂」なんて生きてはいないのにね。これについては、また次回にでも。

2012/08/17

関係性

あら、またお久しぶりのブログ更新。○○するまでは、ゆっくりな更新になるかもしれません。

高校3年生ということもあり、夏期講習はとにかく「要約」にのみこだわっていました。要約の方法もいろいろと考えましたが、最終的には自分の感性で要約用のプリントを作り直していたら、生徒にそれが好評でした。うん、良かった。
要約がきっかけで(「きっかけ」です、念のため)、成績が伸びた生徒も少なからずいたことにもホッとする。とくに、ピーナッツは銅と銀を制覇し、音読も十分に行い、フリップ&ライトも素早くこなしているのにも関わらず、なかなかブレイクスルーしなかった生徒が、この要約をきっかけに成績が急上昇。長文が、「1文×たくさん」から、「1つのテーマを持つ文章」に変わったようで、分かるようになったそうです。最後まで伸びてこなかったので、内心あせっていましたが、先日の模試の結果を見て、ホッとしました。

夏休みが最後の「まとまった音読」の時間の確保できる期間と話し、模試の結果をひとつの目安に「英会話・ぜったい・音読」の標準編、挑戦編、高校2年生の教科書を勧め、それぞれ100回音読を促しました。音読は孤独な作業なので、みんなでやろうと促し、教室を13~15時は三者面談を入れずに、「音読教室」として解放しました。
もちろん、予備校に通う生徒もいるので多くの生徒が集まったわけではありませんでしたが、毎日2時間の音読をやり続けている生徒が現在でも数名。その中でもX君は、「中学校2年生から分からない」(私も彼に納得)といっている生徒が「標準編」を100回以上音読したところ、最初は1時間近くかかったテキストが、20分程度で読め、その上、長文が読めるようになっています。「挑戦編」を音読しているZ君も、「音読すればするほど、意味がクリアになってきて、分からないところもクリアになってきます」といいつつ、このnowに使い方(Kelly was now standing at her front door, which she'd just opened.)に違和感を感じるようになったところが、音読の効果なのかもしれません。

夏期講習もそうだし、通常の補講で感じることなんですけど、「この先生と学びたい」と生徒が思うのは、教師と生徒との人間関係ができているかどうかが、たいせつな要素になるんじゃないかな。現在、学年には4人の英語担当がいて、補講では私はいちばん難しい講座を担当することになったのですが、最後まで続いた生徒はほとんどが普通科で、スタート時の学力は千差万別。(私は国際科の授業は持っていない) まぁ、途中で見限られたのかもしれませんがw 

授業を持つだけでなく、部活動をしたり、教育相談をしたり、雑談をしたりする中で関係性が深まり、生徒は「この先生に学んでみたい」と思うのじゃないかなぁと私は思います。外で学ぶ生徒がくじけそうになった時に、シェルター的存在になれるかどうかも、関係性だと私は思う。
蛇足になるけど、関係性が持てないと、どこの学校でも共通して、「勉強しない」とか「真剣さが足りない」といったように生徒を悪者にする(生徒に対して不満が出る)。

初任の頃、ALTが「日本の先生は、授業だけじゃなくて、ホームルームもやって、スクールガード、部活動の指導者、カウンセラーもやっているとは考えられない」といっていましたが、これが日本文化的な学校なんじゃないかなぁと私は思います。(非常勤の先生はここに困難さがある) 生徒との関係性は、その先生方の人間性という一本の糸で結ばれている。授業がいい加減だが、教育相談はすばらしいというのは、ありえない。
ここが、学校における英語教育と、予備校や塾の英語講座との違いなんじゃないかな。泥臭い? 泥臭くて結構です。そんな泥臭さがなくなって、成果を求めはしませんから。

自省も込めて、土台となる自分の人となりを確立するために、文学があり、教員間の雑談がある。(人間の疑似体験) 若いときにはパワーと若さで生徒を引っ張ることができるけど、年齢を重ねれば人間的な「厚み」(エゴグラムが「へ」の字となることで)が引きつける基礎となる。その厚みをどう作り上げていくか。そんなことも、大切じゃないかなぁと私は思うんですが。

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