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2012/06/30

You should make names and natures consistent

「英語教育7月号」で気になったところ。

前から思うことなんですが、「スローラーナー」という呼び方に私は違和感を感じています。素直に解釈するならば、「スローラーナー」とは、「学びがゆっくりな学習者」ということでしょう。つまり、方向としては、「学び」にあるわけです。PCでいうなら、処理能力が遅いということになるのでしょう。
でも、私が今まで出会ってきた生徒は、「スローラーナー」というよりは、"unmotivated learner"といった方がふさわしい生徒が圧倒的多数でした。こういうと語弊があるかもしれませんが、「地頭」としては、それほど違いはないのに、motivationによって、learnerになるかならないか、と分かれてくると思います。

もちろん、どんな導入をして、授業を展開していくかは大切です。しかしそれ以上に、どんな人間関係を生徒と作ることができるかの方が、もっと大切です。保護者からのすなおな愛情を十分に受けてきた高校生なら、人間関係を作ることは難しくない。しかし、そうでない生徒だって少なからずいるものです。彼(女)たちに共感し、話を聞き、自分のことを伝えていくなかで、人間関係は作り上げられていきます。

それを知っている先生なら、「べき論」とか、「ハズ論」などいうまでもないでしょう。input→intake→outputを授業では展開していくなんていう、ナイーブな机上の空論などいわないでしょう。もっと語るべき哲学があり、行間からこちらの心に投げかけてくる何かをもっているものです。(高校の先生よりも、中学校の先生の方が「持っている」人は多いような気がします)
その人が信じられるかどうかは、教科書的なことをいわないかどうか、です。人間は感情で動く生き物なのですから、教科書なんてありません。同じセリフでも、その人の持つ人間性で意味は変わってくる。

あえて「べき論」で授業を語るなら、そういう先生方が多いことは承知の上ですが、教師は自分の頭で考えるべきだと思う。みんなで同じ教材を使うことはせず、自分で授業を組み立てていく。そこから、その先生の味が出てきて、その味を集めたものが、格好の教師用教材になるような気がするんだけどね。また、この話しは次にでも。

2012/06/27

こんな学校の夢を見た

昨晩、こんな夢を見ました。

「長く続いてきた学校の矛盾点を解消する」ということで、多くの受験生を集めた民高校があった。多くの受験生がこの高校に集まったため、批判にさらされていた自高校は定員割れに陥った。

民高校の船出こそ順調であったが、理事会がゴタゴタし、なにやらうさんくさい事務局や広報部の学校新聞も重なり、A理事長が解任され、事務長も一緒に辞任した。

新しいB理事長に代わり、前理事長一派は全て理事から外された。B理事長は、もともと組合の闘士だったのだが、理事に入ってからの変節ぶりはすさまじく、「立場だから仕方がないね」と理解をしてきたかつての教え子さえ離れていくようになった。

そして、そのB理事長も解任され、現理事長になる。

在校生は受験の時に、「学費の値上げはしません」という約束で入学してきたのに、現理事長は学費の値上げを試みた。ライバル校も値上げをしたかったので、そのライバル校の理事長と話し合い、「このままでは学校制度が立ちゆかなくなるので、値上げに踏み切る!」といいきったのだ。

もちろん、在校生は「約束違反だ」と反対をしたが、「決定するのは私たちだ。スピード感のある学校経営こそ大切であり、ライバル校との約束は大切なんだ!」と心から、心から、心から強弁してきた。そして、この方針に対し、学校広報も全面バックアップしてきた。かつてのA理事長を辞めさせようとしてきたときには、連日連夜の批判記事を重ねてきたのに、約束を破った現理事長はたいして批判をしない。
「他の学校を見ても、広報誌は値上げをしないもんですよ」という主張を彼らはしており、自分たちさえ良ければいいようだ。

ライバル校は、その学校の運営方法まで口を出してきている。そして、それを利用して現理事長は、理事会を運営するのではないか、とさえ思われている。

生徒のことを考えず、自分たちの権力をより拡げようとしている現理事会に、生徒たちは脱力感が強くなってきた。

経済的に厳しい在校生が多く、値上げに耐えられるかどうか不安で不安だ。お小遣いは銀行に預けておき、できるだけお金を使うのはやめようという人がどんどん出てきた。

これでは、、、、。

あら、もうこんな時間だ。シャワーを浴びて、仕事に行ってきます。

そうそう、slow learnerというよりも、unmotivated learnerと考えた方が、ただしく考えられるんじゃないのかな?

2012/06/21

手段と目的

気づくと一ヶ月ぶりのブログ。情報でおなかいっぱいになりすぎて、疲れていましたが、書きたいことはいろいろとありますので、自分のペースでこれからも書いていきます。
おそらく、5年前の自分が今のブログを読めば、違和感を感じるでしょう。そして、5年後の自分が読めば、違和感を感じることでしょう。でもそれは、自分の「成長」として考えていきたいと思っています。林竹二先生ではないですが、「学ぶとは何かが変わること」ですから。

現在の授業のテーマは、「手段と目的とを混同せずに、いかに自分の発話時間を短くするか」、です。

当然のことですが、丁寧な説明をすればするほど、生徒の活動(この「活動」も教員が使うと、なんだか違和感を覚えることってないですか?)が減ります。「丁寧な説明」→「生徒の理解の深まり」と感じていましたが、「生徒の理解の深まり」は私の希望値よりもよっぽど低い。つまり、「丁寧な説明」→「生徒の理解」という図式は成り立ちません、私の技術では。「丁寧な説明」が手段であれば、「生徒の理解の深まり」は目的なのですから、目的に達しない手段は、間違った手段と考えています。

理解の深まりは、「理解の浅さの自覚」がベースとなるのではないかなぁと私は思います。そこで、学習者が「自分は分かっていない」ことが分かり、その分かっていないことを分かるようになるという取り組みが、学習者の中で始まります。それが、「生徒の理解の深まり」につながる唯一のルートだと今の私は思っています。

次回のブログで、現在のプリントをアップしますが、おそらく、授業中に私が説明している時間なんて、せいぜい10分。(3年生のReadingという特性もあるのでしょうが)

  1. 各自で選んだ単語帳で単語の確認(覚えるのではない)<5分>
  2. 英作文100<5分>
  3. 本文のリスニング
  4. 本文の新出単語フレーズ、および英語の説明で単語を抜粋
  5. 本文の解釈<せいぜい10分>
  6. リスニング
  7. リピーティング
  8. 音読(2回)
  9. サイトラ(各グループで振り返り・質問タイムあり)
  10. オーバーラッピング(2回)
  11. シャドイング(1回)
  12. リード&ルックアップ
  13. フリップ&ライト(可能なら)

という流れです。宿題として「フリップ&ライト」と「音読20回以上」を課していますが、チェックはしていません。

授業2回(単語数250~300語)ごとに、クローズテスト&音読大会。

クローズテストでは、銅メダル(4語ごと)・銀メダル(3語ごと)・金メダル(2語ごと)・プラチナメダル(日本語のみ)の4種類のプリントを用意します。両面を同じ印刷にして、表面でクローズテストを完成させて、裏面ではそれを音読。表面は手段であり、裏面は目的として、CDのモデル+7~8秒で読めれば銅メダルは合格。銀メダル、金メダル、プラチナメダルになるにつれ、それぞれ7~8秒をくわえていきます。ことばの学習ですから、「スラスラ感」が最終的な目的ですから、クローズテストの完成は手段、その音読は目的、と考えています。

まぁ、こんな授業ですから、「基礎に重点を置きすぎていて、受験に対応していないんじゃないか」なんていわれるんでしょうけど(笑) なんだかなー、って私は思いました。

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