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2011/12/31

2011の終わりに

あと数時間で2012年。

今年ほど、ブログの更新が少なかったのは、初めてでは?

311の東日本大震災は、私にとって大きな影響を与えました。(もちろん、私だけではないでしょう) 大船渡に行ったときに見た(広い意味での)風景は、なんとも言い難いものでした。あるラインを超えた瞬間に、町が全てがれきになっています。海に近づくと魚のにおいが鼻をつきます。「リアスホール」というところで避難をされておられる方も多くおられました。仮設の着替えの場所は段ボール製で、オープンスペースには低い壁の敷居があるだけです。ホールの外には自衛隊が浴場を作っていました。

そして、東京電力福島第一原子力発電所の爆発。テレビで流されていた「安全神話」。東京大学教授、大阪大学教授の「安全だ、安全だ」ということばを最初は信じていました。(というより、信じたかったといった方が適切か) マスコミでは、上杉隆氏たちが危険性を訴えていても、テレビは東京電力のコマーシャルを流しているせいか、危険性を正確に伝えていたようには思えません。しっかりとしたメディアは、自由報道協会くらいでしたか。
「原発は大丈夫か」と生徒がいってきたときに、私はとある東京大学教授のインタビューをそのまま伝えていました。「200km離れているのだから、安心みたいだよ」と。二本松に住む友人とその家族を心配していました。

しかし、私が住んでいる場所は、市内のホットスポットです。線量計を借りてチェックしたところ、確かに高い。千葉市内の倍以上の線量であり、娘が通う中学校では校庭の除線が行われるほどの高さです。


「放射能の影響はニコニコ笑っている人には来ません、くよくよしている人には来ます、
これは明確な動物実験で解っています。」なんてことをいっている人が大学の教授の任につき、現在は福島医科大学の副学長だとか。人は肩書きで信じてはいけないということが再確認できました。

大震災や原発事故は、その人やその組織の真実を浮き上がらせてくれました。

年間20ミリシーベルトまでは子どもに許容させようとした文部科学省。文部科学省は、子どもの健康と教育とを司るためには巨大な権限を持つべきだと私は思っていましたが、それもこの組織にはできないのですね。子どもの健康を守ろうとしない組織の下に、子どもの健康を守ろうとする教員がいるというのは、何かマンガじゃないですか。
文部省時代のキャリア官僚であり、ゆとり教育を推進していた寺脇研氏は、文科省が20ミリシーベルトまでOKという理由に対して、文部省に科学技術庁が加わったためだ、とテレビで発言していました。本当に、氏は無責任な人ですね。加わろうと、加わらなくても、子どもの健康を守るのが教育の基本でしょうに。
 愛国心を訴える政治家であれば、将来の日本を背負っていく子どもの健康を考えなければおかしいでしょ。日本という国家が持続可能な社会になるためには、次の世代の健康を守りつつ、教育を行う必要がある。「愛国政治家」こそ、20ミリシーベルト問題について批判すべきなのだ。その批判をしないで、愛国心を訴えるのは、論理的に矛盾している。まさか、人気取りのために愛国心を訴えているわけじゃないでしょ。

だいたい、わずかな放射線量であったとしても、人体には影響を及ぼすようです。0.9ミリシーベルトなら影響はなく、1.5ミリシーベルトだと影響があるというものでもない。つまり、悪影響を与えるものを少しでも低くすることは、必要なことです。放射線の影響を受けにくいといわれている50歳以上の年寄りは、自分たちの利益や保身のために、子どもを踏み台にするな!
 あと、「原発問題について他の多くの人がしているから、あえて自分は発言しない」という人の心の中は、権力に睨まれたくない、という保身がなかったのだろうか? 

とまぁ、震災はその人(組織)のありのままの姿を映し出してくれたのではないかな。

そんな中、英語って何のためにするのだろうか、なんて真剣に考えてしまいました。学校って何のためにあるんだろうかって、考えてしまったわけです。
そんな「哲学」の世界に駆け込みすぎると活動が停滞してしまうので、目の前の問題に取り組もうとしてきましたけど、なかなかブログまでは到達できませんでした。(って、いいわけか、これはw)

でも、「どうして英語を」という自分なりの答えを持たない限り、このような本が幅をきかせるでしょうね。


いろいろとあった2011年。2012年が少しでもいい年になるように、努力していきたいものです。

3つの認知

あっという間に今月も中旬。4月から引き受けた町内会長のお仕事も、やや負担になってきたか。とはいえ、前向きな理事さんに支えられているので、あと3ヶ月ちょっと、頑張ります。約500世帯が加入している町内会なので、いろいろと難しい部分もありますが、よく見てみると、トラブルの元となっているのは、町内会の中に建物を持っているが、そこには暮らしていない大家さんが原因のことが多い。これって、どーしてだろ?(苦笑)

本日は備忘録的に、「認知の3段階」について、書いておきます。

文字の理解には、次の3つの認知の段階があります。

  1. 画像的認知
  2. 音声的認知
  3. 意味的認知

外国語を見たとき、最初はそれを「画像」として認知します。

맨유는 12월18일 오후 9시(한국시각) 영국 런던 로프터스 로드 스타디움에서 열리는 2011-12시즌 프리미어리그 QPR과의 원정경기에서 웨인 루니와 마이클 캐릭의 연속 득점으로 2-0으로 승리했다.

맨 유는 QPR전 승리로 최근 리그 7경기 연속 무패(6승1무) 행진을 달렸다. 12승3무1패(승점 39)를 기록하며 맨체스터 시티와 치열한 선두 다툼을 이어갔다. QPR은 최근 1무3패로 부진에서 벗어나지 못해 강등권 추락의 위협을 받게 됐다.

これは、yahoo.co.krからコピペをしたのですが、このハングルを写そうと思ったら、文字として認知できるでしょうか。それとも、左上は□で、右上はHみたいで、下は「ヒ」の上がないものかな、、、というように、画像として認知するでしょうか。おそらく、後者でしょう。これが、文字の画像的認知の状態です。だから、bとdとが混乱したり、9とgとが一緒になったりする。文字を覚えたての子どもが、「逆さ字」を書くのと同じです。
この状態の時には、生徒は黒板を写すのがとにかく遅い。そして、覚えられない。その理由は、絵を写して、その形を覚えているのと同じだからです。

これを書き写し、何も見ないで書けるように覚えるのは難しいですよね。これと、同じです。

ここを脱却するのに、音読が必要になるのは、画像的認知を音声的認知に「格上げ」させるためです。音声にするためには、文字の発音のルールの知識が必要になります。英語の苦手な高校生でも、ジャパニーズイングリッシュであれば、基本的な発音はできるものです。dogも読めるし、readやbuyも読める。youngさえ読めます。youngを「ヤング」と読めるって、すごいと思いません? そして、お手本を聞いて、それをリピートすることもできます。
私自身の経験では、生徒は自分で「画像的認知」に留まっていると思っているのに、英語のレベルによっては「音声的認知」であることも少なくありません。学習性無力感を感じているだけのことが多く、この「思い込み」が生徒の学習意欲や、学力アップのいちばんの敵なのです。この思い込みを解凍するためには、教師の生徒との人間関係がいちばん大切であり、指導技術は二の次。(ここを分かっていない人があまりにも多い)
音声的認知で危険なのは、「お経読み」(意味が分からないのに、音読している)ができるようになってしまうところでしょうか。

このお経読みを乗り越えるための音読は、「意味を考えながら読む」こと。つまり、意味的認知へつながる音読です。ただ、「意味を考えながら読む」といってもあまりにも抽象的なので、「目の前の幼稚園児に語るつもりで」「アナウンサーになって視聴者に訴えるつもりで」と具体的な指示の方が分かりやすいようです。
意味を考えないとできない活動が、「read&look up」や「シャドイング」、「対面リピート」、「フリップ&ライト」などなど。

授業も、「画像的認知」→「音声的認知」→「意味的認知」という流れになっているかどうかが大切なんじゃないかな。だから、まとめとして、「シャドイング」や「フリップ&ライト」という活動が意味を持つと私は思っています。

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