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2011/10/30

リアリティ

韓国修学旅行から帰国。初めての海外修学旅行だったので、右も左も分からない状態でしたが、担当の先生方、お疲れ様でしたm(__)m 大きなトラブルはなかったものの、私のスーツケースのキャスターが壊れてしまい、韓国でスーツケースを買う羽目に。今のウォン安を考えれば、市場で日本円で買うのは失敗だったか(苦笑)

その韓国旅行の期間中で2つ感じたこと。これは、前回のエントリーでも少しだけ書いた目崎雅昭氏のご講演でも強く感じたことと関連しています。なお、彼のお話の様子は氏のブログ(魂の旅人・目崎雅昭)に書いてあるので、ご覧下さい。

(1)リアリティはあるのか
 英語教師的発想では、「グローバルの世界では、英語が必要だから、英語が使えるよになったほうがいい(ならなければならない)」となるでしょう。うん、それは間違っていない。自分たちの「技術」(持っているもの)を相手に高く売るためには、その「価値」が高いと相手に理解させる(思わせる)必要がビジネスの世界では必要ですから、その「交渉の仕方」の方向性は間違っていないでしょう。
 その一方で、言葉にリアリティがあるのかといえば、どうも小さい。例えば、「グローバル社会では英語がビジネスの中で大切だ」といっても、じゃぁ、あなた、ビジネスの世界で英語を使ったのですか、といえば、使った人はおそらく0に近いのではないでしょうか。通訳のまねごとならそれは、リアリティはまだ小さい。リスクを背負って、交渉を実際にしたことがない人が、「いやぁ、交渉では○○が必要なんだよ」といっても、説得力はない。この交渉に失敗したら、数百万、数千万円の損失があるというリスクの中でこそ、リアリティはあるものです。
 目崎氏と帰りの電車の中で、知人の寿司職人さんの話題になりました。職人さんは腕はかなり高いのだけど、このご時世では経営的に採算がとれず、自分のお店をたたんでしまいました。目崎氏の発想は、ちょっと違う。

  • 香港で、出張の寿司職人だったらあたるよ。日本人の職人というだけで、うけるんだから、腕のある人なら富裕層に人気が間違いなく出るだろう。でも、そのためには営業が出来る人間が必要で、戦略的にコマーシャルをすることも必要だけどね。
  • 美容師とか自動車修理工は、技術で世界に出られる仕事だ。だからこそ、英語が出来ると広がってくる。

違う話題になったので、その後の広がりはなかったのですが、くだんの職人さんを売り出すことになれば、彼はその方法を考えられるでしょう。リアリティを持っているのです。

英語の教師が、ビジネスの世界でリスクテイクをしてきた経験があるのなら、リアリティを持つことばもあるでしょう。しかし、借り物の言葉には説得力はない。実態のない言葉に説得力を持たせようと、本や新聞で知識を得ているのかもしれないけど、化粧をしたところで実態は変わりません。

英語教師がことばの中に魂を入れる方法は、ビジネスパーソンとは違うものがある。それは、教師としての教育哲学や生徒理解がベースとなった自分の経験(コミュニケーション経験)であある。だから、十人十色で構わない(というより、十人十色が自然な姿)。
それを、「英語は、ビジネスの世界では必須なんだ」とか、「交渉のためにはディベートだよ」とか、押しつけられても困ってしまう。あなたは、その方法でやればいい。しかし、私はそれには与しない。それが、専門職としてのプライドじゃないですか。

教師は安易に技術論に走るのではなく、生徒の成長を願う気持ちがあれば、方法は後からついてくる。方法が出来上がってくると、結果は後からついてくる。後からついてくることを目標としているところに、教育の現場の息苦しさが出てきているのに、英語教師が自分たちで息苦しさを作ってどうするんですか。

自分たちの持つリアリティで勝負したいと私は思います。

(2)もあったのだけど、それはまた後日に。

2011/10/24

魂は引っかかりを作る

ふぅ。久しぶりのブログ。
この間にメールをいただいた方の中で、かなりの方に返事を差し上げていないと思います。ごめんなさいm(__)m
全く幸せなのか、不幸せなのか、どっちなんだろ。って、これは独り言です。

備忘録的に、思い立ったことのみを箇条書き風に。

  • ジョッキーは、「馬に助けられた」ということがあります。自分のミスを馬がカバーしてくれたという意味なのでしょう。転勤してから「生徒に助けられた」という感覚がより強くなりましたが、こんな経験を重ねていくと、「生徒に助けられた」という感覚がなくなり、それが「普通」の感覚となり、いつかしら「自分の指導力が向上した」と錯覚しないだろうか。
  • 「学力を上げる」という共通の目的を持っていたとしても、土台が違う人と話しているとどうも違和感がある。大学進学を目的にしているのか、人間としての幅を広げることを目的としているのか。透き通った意味での、自分なりの教育哲学を持っている人で前者の人っているのかしら。
  • 修学旅行のミニアルバムを作る関係で、2004年のミニアルバムを生徒に見せたところ、私の写真を見て、「ぜんぜん、変わってない!」と笑っていました。卒業生と会うときも、「先生、変わっていないね」といわれます。(老けていたのか、今でも若いのか;笑)内田樹氏ではないけど、自分に戻れるところが変わっていないことって、ホッとしませんか。
  • 年齢を重ねてきたせいか、以前よりも生徒の話を聞けるようになった。表面的な動きはなくても、内面での動きを生徒が持つことはある。エビデンスだの、コミュニカティブだの、表面的な動きを大切にする人もいるんだろうけど、そこに内面的な心の動きはありますか。「私を愛していますか?」と言葉にしないとあなたは安心でいない人でしょうか、それとも合気道で手首をもたれたときに感じる相手のパワーをあなたは感じられる人なのでしょうか。
  • とある経営者の方から聞いた話。「役職付きを降格させたいと思ったら、『○○までに、この課題をやって下さい』と少々無理なことをいえばいいんだよ。それで出来なかったら降格させる。すると、だいたい辞めていくから」と話していた。数値目標って、本当に人間にとって常にプラスなんだろうか。全体として目標にする数字はアリだと思うし、そういう業種もあるだろう。しかし、後から数字がついてくる業種において、数字を最初に設定することに妥当性はあるんだろうか。
  • 昔、電話帳を見ていて、1人1人の名前の裏に、どんな親の願いがあったのだろうかと想像したことがあった。でも電話帳というのはそんな「機能」ではなく、あくまでも電話番号を表示しているものだから、その想像の答えはない。一部の学校では、「大学合格実績」をサイトや学校案内に載せている。1人の人間が、大学に合格するまでにどんなドラマがあったのかと想像してみると、これもおもしろい。でも、電話帳の機能と同じで、その答えはないが、1人の保護者としては、その学校の中で、生徒と先生とがどんな人間関係で学校生活を過ごし、生徒が進路を決めていったかに興味がある。
  • 魂の込められている授業って、先生のふとした雑談が印象に残っていませんか?した方は忘れていても、された方は心のどこかに引っかかっている。相手の心に引っかかりを作るのは、技術ではなく、魂だと私は信じて疑わない。

明後日からの修学旅行のため、本日は友人の目崎雅昭氏にHRで講演をしてもらいます。敏腕トレーダーとして10年間ほど働き、カネの世界から、人間の幸せはなんだろうと思い、世界百数十カ国を10年間、放浪してきた彼の話が非常に楽しみです。今晩は、彼と船橋で飲む予定。楽しみにしています。

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