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2011/04/26

教養とは思いやり

本日は親バカブログだと思ってください、はい。

我が家には子どもが3人おります。「倫太郎」というのは末子(長男)で、その上に娘が2人おります。2人とも、優しい子なのですが、本日は次女について、ちょっと書いてみます。

彼女は、小さいときから、聡明な子です。1歳にもならないときに、自分の名前を認識できたり、3歳で教えてもいない漢字を読めたり、幼稚園の時には長女が自宅で勉強していた九九をを覚えたりと、親としては驚きと喜びとの両方をくれた子どもです。(過去形?;笑)

残念なことに、そんな次女も少しずつ、「普通の小学生」になってきてしまいました(苦笑)。テストも全て満点でもなくなりましたし、こちらが驚くような発想も減ってきちゃいました。あらら、残念down

3.11の地震の直後、自宅の安全が確認できてから、近所の友人の家が心配になりました。子どもが生まれたばかりの彼の家には、奥さんと赤ん坊しかいません。次女を連れて、そこの家に行くと、家具の一部が倒れていたので、それを元に戻そうとすると、奥さんが用意しようとした雑巾を次女が洗っています。そして、私が家具を元に戻す前に、娘はその場所を雑巾をかけ、さらにその雑巾を風呂場で洗っていました。

「成績なんてどうでもいい。今日みたいな行動をあなたが出来たことが、お父さんはうれしい」と彼女に対して、帰りの車の中で話しました。勉強が出来る出来ないよりも、思いやりをもった行動が出来る娘の方が、私には大切なことです。
そりゃ、もちろん、勉強が出来ればうれしいですよ。テストで満点を取ってくれば、それはうれしいし。

しかし、人間の人生、幸せ/不幸せとは、勉強が出来る出来ないで決まるものではない。

他者のために役に立てるか/立てないか、それで決まると私は思います。他者のために役に立つためには力が必要であり、そのためには勉強をしなければならない。勉強とは学校の勉強だけではなく、本を読み、友人と話し、旅をしたり、スポーツをしたりと、その人の人となりを育てていくことです。もちろん、時には危険と遭遇してしまうこともあるでしょうが、そのときは大人が最終的には守ることは当然でしょうが、本人にその危機を乗り越えられる力があることを大人が信じることも必要です。

しかし、少年犯罪が減少し、大学入試が異化してきた頃から、進学校と呼ばれる高校は「大学合格者数」を考えるようになってきました。サンデー毎日や週刊朝日には、「有名大学合格者数」を掲載し(これは以前からだけどね)、「2番手の進学校」の中には大学合格者数という数字を目指すようになってきた。

現場の英語教員もしかり。

生徒の英語力を伸ばすことに全勢力をあげて、「実績」を出しては嬉々として語っている。おまえが望んでいることは、生徒の学力を伸ばし、大学に合格させることなのか。それが、目的なのか?偏差値至上主義、TOEIC至上主義、GTEC至上主義の教育って、どこかおかしくないだろうか。学力を伸ばすという「実績」の持ち主が講師をする英語教育の研修会にほとんど興味がなくなったのも、こんな理由による。
人間の幸せのためにある教育が、点数のための教育(ホントは「教育」なんてことばも使いたくない)に姿を変えている現実があるならば、とても悲しいことだ。
その延長線上に、こんな会見があるのではないだろうか?

  • http://www.ustream.tv/recorded/14169488
  • http://www.ustream.tv/recorded/14170225
  • http://live.nicovideo.jp/watch/lv47629561?ref=top

自分のことではなく、まだ生活力のない子どもの安全を守るために、親は感情で考える。それを皮膚感覚で受け止めてはいけない若い官僚。もし彼らが皮膚で感じてしまったら、官僚を辞めざるをえないのでしょうね。
皮膚感覚を麻痺させた人々の集団が、3つめの会見。だーれも、外国人記者がいないのに、延々と英語で会見している。そして、最後には"Are there any questions?"(笑) すばらしいコミュニケーション活動ですよ。

もしね、江戸末期から明治初期の偉人がこの時代にいたら、いま、どんな行動をとっていたのかな。勝海舟なら、福沢諭吉なら、なーんて思ってしまいます。

教養と、実用とは、相対するケースが多い。小説を読んでも実用とはならないし、工場を見学したって教養には結びつかない。両者とも大切なのだろうが、実用のベースには教養という思いやりがなければ、人間社会は生きにくくなる。実用技術至上主義の前では、コンピュータに近い人ほど、アドバンテージを得るようになるんだけど、そんな社会で人間は幸せになるのだろうか。

2011/04/24

Shame on You!

福島県で教員をしている友人からメール。心が痛む。「自粛」で自分の気持ちを表す人もいるかもしれませんけど、怒りを表すことも自分の行動にして構わない時期になってきたのではないかと思い、本日は福島県知事への怒りです。

原発問題は、「反対」「賛成」ということが、科学的見方をベースとするのではなく、思想が根底にあるという話も聞きます。でも、本日の怒りは、そんな難し話ではない。論理が一貫しない政治家に対する疑問です。

前福島県知事は原発推進に否定的、現知事は肯定的だといわれています。原発の安全性については、専門家でも議論が分かれているので、それが安全かどうか、という議論もここでするつもりはありません。

現福島県知事は、原発事故の後にこのような発言をしました。

  • 国と東京電力は我々に対して原子力発電は多重防護、だから安全だ、耐震安全性も確保していると言い続けてきた。率直に言って裏切られた気持ちだ。(http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110408-OYT1T00260.htm)
  • 被災地の子どもの気持ちがわかるか(http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110422-OYT1T00641.htm)

おそらく、佐藤雄平知事は、原子力発電所は安全だという人々を信じていたのでしょう。大きな地震があっても大丈夫ですよ、40年たっても原発は安全ですよ、という声を信じていたのでしょう。そして、自分が知事をしている子どもたちのこともよく考えているのでしょう。そうでなければ、「子どもの気持ちが分かるか」なんていうことばを、東京電力の清水社長にいうことなんてないはずです。判断力はともかく、さすがリーダー!だと、思ってしまいます、これだけを見ると。

しかし、です。

だったら、どうして1ミリシーベルト/年間を20ミリシーベルト/年間に引き上げることに、異議を唱えないのはどうしてでしょうか?

もし、彼がこの文部科学省の判断に異議を唱えているのであれば、謝罪をした上で、このエントリーは速やかに消去します。いくら文部科学省が20ミリシーベルト/年間が安全だといっても、県知事が抗議して、学校での安全は1ミリシーベルト/年間で考えると発言し、行動しているのであれば、すぐに消去します。

しかし、福島県知事がそのような行動を取っているとは、寡聞にして知りません。

「自分はだまされた」という発言すること自体が政治家として恥ずかしいことだとは思いますが、あなたを「だました」国が、子どもたちの安全に直結する数字を20倍にも引き上げることに対して、あなたは再び信じるのでしょうか。そして後々にトラブルになったときに、「自分はだまされた」といって、再び被害者のような態度をとるのでしょうか。福島県知事は、自分で考えて、判断できる能力のない人間なのでしょうか。もしそうなら、それは知事というリーダーとして、いちばん大切な資質が欠如していることになります。だまされたからといって被害者面することは、知事として恥ずかしいことですよ。
「原子力政策は国策。東京電力、国に補償等を求めて行かなきゃいけない」とも知事は発言しています。確かにそうでしょう。しかし、子どもたちの安全はもっと大切なことではないでしょうか。

福島県の子どもたちを守るためにも、放射線量の基準の引き上げは、すぐに撤回すべきです。

「私は狙われるかもしれない。しかし、時として、正義を通さなければならないときがある」 ソフトバンク社長の孫正義さんの記者会見、心を打ちました。

         
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授業も本格的に開始。そんな話は次回のブログから、、、書いていく、、つもりです。

2011/04/10

誰のための文部科学省なのか?

短文1700の無料配布。現在のところ、お問い合わせは「0」です(^^;; 締め切りなど設けず、リクエストがあり次第、お送りします。いつでも、お気軽にご連絡ください。

今日は、とにかく驚いた新聞記事(読売新聞)があり。

記事によれば、文部科学省は、学校の屋外で子供が活動する際の放射線量の基準を20ミリシーベルト/年間にとして、福島県に提示するようである。ちなみに、今までの基準は1ミリシーベルト/年間であり、一挙に20倍に跳ね上がってしまうのだ。

子どもを守るのが、文部科学省の仕事だと私は信じてやまない。経済産業省や原子力安全委員会から、「このままじゃ、ほら、にっちもさっちもいかねーから、ちょっとさ、基準を高くしてくれよ」といわれても、「そんなことを認められない! これからの日本を支える子どもの安全は大人よりも高くなければならない!」と断固として拒否するのが、文部科学省ではないでしょうか。それが、どうして、自分たちから、「日本の今までの基準のハードルは高すぎるんだよ。20倍に緩めちゃおうぜ!」となるのか、私には全く理解が出来ない。

検索をかけていたら、次のようなサイトを見つけた。

この数字を見ると、絶望的な思いがする。

私も含め、年寄りはどうでもいいわけですよ。今まで便利な暮らしもしてきたし、電気をじゃんじゃんと使ってきた。これから、先の人生はそんなに長くはない。子どもを今から作る必要だってない。原発を推進してきた学者や業界、政治家なんて、これから20年も生きることは、平均的な寿命を考えれば、おそらくないでしょう。この通達を考えた文部科学省のお役人さまだって、子どもたちに比べれば先は短い。
しかし、子どもには将来がある。日本という国家が続いていくために、彼らの活躍が必要になってくる。しかも、今回の原発事故については全く罪はない。その子どもたちが、子どもたちの安全と教育のために存在する文部科学省からの通達によって、放射線量の許容度が一挙に20倍になってしまうことに、私たちは何か提案する方法はないのだろうか。

子どもや生まれたばかりの赤ん坊の無邪気な笑顔を想像してほしい。無条件に大人を信用する子どもたちを、私たちは裏切ってもいいのだろうか?
出荷について自粛が必要とされる地域の野菜は、大人が食べればいい。官邸、省庁の食堂、電力会社、アルコールが出るお店など、そういうところで食べましょうよ。(「水が危険だ!」といって、40歳以上がペットボトルを購入して飲む姿は、嫌悪感すら感じる。)
給食は、地産地消にこだわらず、西日本など安全性が高い地域のものを原料にしませんか。

いま、どのように責任を取るんだ?という思いを、原発を推進してきた人たちに表すのはやめたい。彼らがこの問い答えたからといって、原発問題が解決するものでもないし、「答えのない」回答に要するエネルギーがあれば、「現在」の対策にあててほしいからだ。(同じような気持ちの人は、少なくないだろうなぁ。)
しかし、責任を問う声が小さいからといって、彼らがなんら責任がなく、「想定外でした」とうい一言で、「じゃぁ、仕方ないね、みんなが放射線で苦しんでも」と思ったら大きな間違いである。我慢しているだけだし、この騒ぎが一段落したら、自分たちなりに責任の処し方を行動で表すだろうと思うからである。

最後にだが、文部科学省は、子どもの安全と教育を第一義に考えるべきだ。20ミリシーベルト/年間といっても、CTを撮ったり、飛行機に乗ったりしたら、それに被曝量は加わっていくのだ。そんな足し算をぜひとも計算してほしい。
そして、どうしてもこの数字を受け入れさせたいなら、与党の政治家や文部科学省の官僚、原子力委員会や東電のえらい人たちは、ぜひとも子どもや孫と原発付近、政府が安全だと主張しているところに家族で移住してもらいたい。

学校は、子どもたちの安全を第一に考えるところである。(沖縄への修学旅行では、「海難事故があるかもしれない」ということで、海に入ることを禁じる学校もあるほどなのだ。) 日本の教育行政の中心である文部科学省は、こんな提示を福島県にしないことを私は強く求めたい。

(一部、加筆訂正)

2011/04/04

「短文1700」と解説書の無料配布のお知らせ

先日、毎日新聞で、震災で教材を失った受験生への「教材支援」を呼びかけている塾が宮城県気仙沼市にあることを知りました。(サポート情報:学習塾通じ参考書支援…30日現在
また、文英堂の編集者からは、今回の震災で、教科書が失われてしまい、再び刷り直さなければならないという話も聞きました。
これからのこの国を支えていく子どもたちにとって、学ぶ道具がないことはとても残念なことです。そこで、中高生が独力で学べる学習書を差し上げたいと思い、ゴトウ学習塾さまに連絡を差し上げましたところ、ある程度の学習書は来ているということでした。(他の地域への配布も考えるとまだ足りない状況だそうです)
 ゴトウ学習塾様の配布にかかる手間を考えれば、直接、配布をした方がスムーズだろうと考えました。

  • 「高校入試短文で覚える英単語1700」 400冊
  • 同書の解説集 800冊

この2冊を、希望される学校や塾に無料で配布いたします。送料もこちらで負担いたします。「短文で覚える英単語1700」を1部につき、「解説集」を2部をつけます。(本当は、1部と1部にしたいのですが、どうかご容赦ください。解説集だけでも十分に学習できます) 本20冊・解説書40冊を1セットとし、1セット以上でお申し込みください。個人にも対応したいのですが、事務的な問題などがありますので、今回は被災を受けた学校や塾に対応をしたいと考えております。

申し込みは、teacher.mouse☆nifty.com(☆を@に変えてください)まで、「学校・塾名」「代表者(担当者)名」「住所」「電話番号」「希望セット数」を私までご連絡ください。

2冊の本の内容は次の通りです。

「高校入試短文で覚える英単語1700」
260の例文を覚えることで、中学校の範囲の文法と1200の単語・熟語を覚えられます。(CD付き)。

「解説集」
「高校入試短文で覚える英単語1700」で出てくる260の例文を、文法的に解説した本で、非売品です。個人的に作ったもので、印刷所で印刷・製版をお願いしました。(紙も、光沢紙を使用しており、防水性にも優れています) スキャンしたものを、下に張ってあります。

最後になりますが、毎日新聞で紹介されていたゴトウ学習塾さまの真摯な対応に対して敬意を表すとともに、今後のご発展を心からお祈りしております。

Example

2011/04/01

「他者研修」法案が衆参両院を通過

3月31日未明、「英語に関わる職業に就く成人による異業種強制研修」(通称「他者研修」)が衆参両院を通過し、4月1日より施行されることになった。これにより、コミュニカティブな英語教育により一層近づくものと期待される。

「他者研修」が行われた背景には、コミュニカティブを重視すべき英語教育関係者に限って、自分たちは正しいのだという意識が強く、自分の立場を絶対のものとして他者と対応するという批判が背景にある。
例えば、学習指導要領に強い影響力を与えた立教大学の坂本義太夫教授(copyright虚構新聞)は、「大学で通用するような英語を生徒に身につけさせるように高校の先生は、しっかりと教育せよ」、文部科学省の英語教育改善推進室主任補佐代理のhatoyama60氏は、「法令で定めるのは、俺たちだ。実行するのはお前たちだ。実行しなければ処分するぞ」と高圧的に発言して、陰で批判を浴びている。
その一方、現場からの陰口も高まっている。チバシガサガ国際高校(copyrightらーめんず)の倫太郎教諭は、「英語の授業は英語で? ふざけんのもたいがいにせーよ」、スカイツリー小学校のケビンモーモー氏は「小学校の先生になんでもおんぶにだっことは、お役人はたかりの名人か」と、堂々と発言するのは怖いということで、mixiのマイミク限定日記に書いていることが分かっている。

この「他者研修」はこれらのマイナスエネルギーを解消する目的として、自分が指名した誰かしらのポジションと、自分の立場とを5年間限定で変更できることが柱となっている。ただし、英語教育に広い意味で関わる職業のみ、かつ研修を骨抜きにするため似たような立場や職業の人と交換する「等高線」による異動は禁止されており、違反した場合には最高で懲役25年(偶数)か罰金25円(奇数)のいずれかが、サイコロの目で決定されることになっている。これにより、小学校での英語授業に苦労している人が、文部省の役人になることも可能であるし、教育困難校の教師が、大学の先生と交換することも可能である。また、早慶上智の教授と定員確保に苦しむ地方私立大学の講師との交換も可能となる。

年間、特別指導(停学や訓告)が130件を超え、入学者の50%が退学していく赤銅学院の山口教諭は、「今まで上から目線で、『英語教育とはな……』とさんざん偉そうに話をされてきた。さて、どの大学の先生と立場を交換してもらおうかな」と今から楽しみにしている一方で、「でも大学で教えるなんて、難しいだろう」と赤ジャージ姿でインタビューに応じていた。
また、ヤマト書店の矢島金太郎氏は「営業の苦しみが現場の教員に分かるのか?」と、営業先でのいちばん高圧的な教師との交換要請を考えている。「教科書の営業をかける5月は辛いんですよ」といい、ため息をついた。

この法案の成立にこぎ着けた全日本ブーメラン同好会・万屋逃走事務局長の話。
「お互いに、自分の立場で物事を言い過ぎると、日本の「和」の文化を壊すことになる。「相手の立場に立って」という小学校で教えられたことが身についていない英語の先生にとって、批判がそのままブーメランとなって「だったら自分でやってみろ!」といついわれるか分からない恐怖は、日本の和を思い出すきっかけとなるだろう」

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