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2011/03/31

draw a lesson from something

東日本大震災について、感じたことを備忘録的に再び。

まずは、経済人の立派な発言。すばらしい。

  • 私は以前から「看脚下」という禅の言葉が好きで、社員にも折に触れ話してきました。暗闇でも足元をしっかり見ろ、ジタバタするな、原点を見失うなというほどの意味です。この言葉を今こそ噛みしめたい。社員たちにも、そうあってほしいと思っています。
  • ジタバタしそうなときほど足元をしっかり固めることが大切だ 
  • 企業像を考えた場合、うちは公益事業であることが最上位にきます。電力の安定供給。嵐になれば現場にみんな駆けつける。パブリックユーティリティであるという点が会社のDNAです。
  • その組織の原動力となる人材には高い倫理観や社会的使命感が求められます。 臨戦態勢になるほど重要性が増すコミュニケーションです。

全て、東京電力の清水正孝社長(慶應義塾大学卒業)インタビュー。(安定志向はノー。チェンジ、チャレンジ) これから、どのような人物が日本のビジネス界にとって必要なのかよくわかるインタビューである。ぜひとも、多くの学生生徒に読んでほしい記事だ。

大震災の時に、マスコミの人間と一緒に中国に行っていた東京電力の勝俣恒久会長(東京大学卒業)。東京電力が、マスコミの人間と一緒に中国に行っていたのだが、その旅行費用は、本人負担よりも東電負担が大きいことを明言。参加者について尋ねられたときに、次のようにこたえた。

  • 具体的なメディアの名前や人についてはプライベートなので私から明かすわけにはいかない

ちなみに、同行したマスコミのリストは週刊文春で明らかにされたが、そのリンクはないので、渡邉正次郎のコラムがいいかな。ちなみに、この発言を詳しく報じた記者クラブメディアはあるのだろうか?? 東京電力がお金を出していたのに、それはプライベートと解されるということは、東京電力は会長にとって私的なものらしい。偉くなると、会社を自分のものとして扱うことが出来るらしい。ぜひとも、多くの学生にyoutubeなのでこのインタビューを見てもらいたい。

この震災は、その人の地金がよく見えた時期でもないでしょうか。

直後に感じたのだが、あの状況では否定的なことをいいたくなかったので書かなかったことを。それは、テレビ報道です。実家でテレビを見ていると、TBSの夕方のニュースで、アナウンサー二人がヘルメットをかぶり放送をしていました。君たちは、何のためにヘルメットをかぶっているの?扇情的なメッセージを映像を通じて与えることは、どのような意味があるというのだろうか。
強い余震があったとき、どこの局か忘れたけどアナウンサーが大きな声で、「早く逃げてください」とテロップを入れてまで、叫んでいました。「地震があったなぁ。テレビで逃げろというから逃げようか」と思う被災者がいると思っているのだろうか。
扇情的な番組といい、東電による「接待」といい、マスコミの地金が出てきましたよ!

政治家治家の活動について。

田中康夫氏が、TBSラジオ「生島ヒロシのおはよう一直線」で話していたのだが、赤十字に寄付をしても被災者の元に届くのは半年後だとか。彼のtwitterで確認してみると、清水国明氏も同じこと発言されている。清水氏は、自分の運営するネイチャー施設で、これからの復興を支えていくのは子どもたちであるから、その子どもたちに成長してもらいたいということで、被災した子どもを受け入れている方である。寄付をしたいと思う人は、どこに寄付をすればいいかを考えるきっかけに。

河野太郎氏のブログも勉強になる。計画停電について、ガソリンの供給について、原子力政策について、どれしもが、とても役に立つ。「原子力政策の分かれ道」が個人的にはお気に入り。

前福島県知事の佐藤栄佐久氏の週刊朝日のインタビュー。彼の収賄(冤罪?)についてはよく分からないが、現知事になってから推進が始まったといわれているが、どうなんだろうか。

メディアリテラシーについて論じられることは多いが、いくらその能力があったとしても、報じられなければ始まらない。何が正しくて、何が間違っているのか、「インターネットリテラシー」が必要になる気がする。

最後に、妻から教えられたサイト。「偽善エコロジー」の著書でもある武田邦彦氏のブログが、わかりやすい。原子力について、「思想ではなく、科学」というベースに立っている彼の発言は、胸に自然に入ってくる。

原発の問題では、「思想」と「科学」とが混ざっている人が少なくないという。「思想」として、原発に反対か、賛成かによって、同じ現象を見ても、「反対のための理由となる」「賛成のための理由になる」という、一種のねじ曲げが行われてしまい、「科学」でなくなってしまうのだ。
この問題は、至る所で見られるような気がする。英語教育でもそんなところありませんか?自分の「思想」が実現できないときに、生徒のせいにしたり、その学生の高校時代までの英語教育のせいにしたりと、「思想」と現実にギャップがあると、魔女狩りをする人っているでしょ、中学や高校だけではなく、大学にだっていますよねぇ。

本日は、辞令発表の日。同僚との別れであり、新任者との出会いでもあります。さて、どんな一年になりますでしょうか。
原発関係は、当面の間、これで打ち止め。私のスタンスは、「脱原発」ですが、それをいうだけではなく、近い目標としてソーラーパネルを取り入れようと思っています。昼間はソーラーパネル、夜は火力発電という軸ではだめなんでしょうかなぁ。

2011/03/27

中学校の先生は、すごいですよ!

十数年前に非常勤講師をしていたときのこと。

  • 塾に広告を出さないから、うちは偏差値を上げてもらえないんだよね。

と、教務主任の先生が話していました。真偽のほどは分かりませんが、広告を出さないからゲタを履かせてもらえないというのも、なんとなく分かる気がします。学校は、「中立」でなければならないので、生徒に対して「○○高校を受験したら、必ず合格するよ」なんて、いうことはまずないでしょう。一方、塾は断言してくれます。千葉県内のほとんどの私立高校は、12月あたりに「受験相談」なるものを開催して、例えば「3年次に5教科で15」というラインに達していると、合格内定状態になります。ここに、「学校推薦」があれば、15が14になったり、13になったりすることがあるようです。驚くことに、最近では、「塾推薦」なるものもあります。
 政治もそうでしょうが、私たちに不安な意識があると、断言してくれる人(これはイメージでも構わない)が頼もしく感じます。「自分で判断してください」といわれても、現在の原発事故もそうでしょうが、基本的な知識がなければ、判断したくても、出来ません。だから、断言してくれる人についつい頼ってしまいます。(実質内定しているなら、塾であれば簡単に断言できるでしょうが、公立中学校は万が一のために、断言は出来ないでしょう)

 一方、公立高校の場合には、そんな内定は出しません。だから、広告なんて関係ありませんし、「受験相談」なるものもありません。もちろん、偏差値70をコンスタントに取っている生徒が、50の学校を受けたら、「君なら大丈夫でしょう」となるでしょうが、55の生徒が54の学校を受けるとなったら、「私立で滑り止めも受けておこうよ」となるはずです。

 なんでこんなことを書いているかというと、この4月に娘が中学校に入学し、周囲の友達が塾に入るようになったからです。私は娘を塾に行かせるつもりはありません(今のところね;苦笑)。私が高校の教員ですから、だいたいの流れは分かる。情報も持っている。だから、高いお金を出して、塾に行かせる必要などありません。娘も、「チャレンジ」を楽しんでやっているので、ずいぶんとリーズナブルな「教育費」ですんでいます。(ありがとう、娘よ!)

 その一方で、娘の友人の母親が、妻にこんなことを言っていました。

  • 中学校の先生は、不安だからね。

その理由を妻が尋ねたところ、「何となく」「みんなそう思っている」ということでした。まだ、入学もしておらず、どんな先生かも分からないのに、「不安」だということは、どうしてだろうかなぁ。これも、不安を煽るような「風評被害」があるからだろうなぁ。少なくとも、私の知る中学校の先生は、誰しもが信頼できます。これから、中学校に入学する皆さん、学校の先生を信用して、先生方のいうとおりに勉強していけば大丈夫です。塾に行くと、1月3万円程度かかるケースもあるようで、それに夏期講習や冬期講習、春期講習を入れたら、お父さんのお小遣いよりも高くなっちゃいますから。学校の先生は、その教科のプロですから、安心していいかと思います。分からないところは、自分で聞きに行けば、教えてくれます。学校の先生は、元来「教えたがり」ですから♪
 公立学校も、どっかの電力のようにマスコミに数百億円の広告を出したら、学校に対する批判はなくなるんじゃないかな?(笑) だってね、マスコミに広告を出している「教育産業」(この言葉もいやだなぁ、だいたい、塾が教育ってウソだろ、と俺は思うけど)がどこかを考えてみてください。お金を出すところを、批判する人はいませんから。

 さて、私の敬愛する江頭2:50さん。相変わらず、すごい人だよなぁ。しかも、自分がしていることを、全く公表しないという美学も私は好きです。思わず、彼の番組の「江頭2:50のピーピーピーするぞ」のサポーターになりました。

2011/03/24

ラブミーテンダー

 明日は終業式。知人の職人さんから連絡があり、いつものメンバーで一献の予定(@千葉)。彼とは例年、この時期は全く会えないのだが、今年は相次ぐ宴会のキャンセルでほぼ、開店休業だとか。お店の閉鎖の噂もあるらしく、かなり不安な様子でした。帰りの電車があるかどうかが不安な面もあるかもしれませんが、節エネルギー以外での自粛は美しいものではなく、大きな視点で見てみると、日本の景気の悪化につながるのではないでしょうか。経済が専門ではないので、あくまでも感覚でしかないのですが。

 東京都の浄水場から、放射性ヨウ素が検出されただとか、一部のホウレン草などから暫定規制値を超える放射性物質が検出されただとかいう報道に違和感あり。というのも、「直ちに健康に害を及ぼさない」という表現と、「出荷停止」という処置との間をつなぐ橋が私の中で見当たりませんでした。
 乳幼児には、摂取させない方がいいという報道を聞き、その「橋」がようやく出来ましたが、それまでは漠然とした恐怖感しかありませんでした。ただ、現在のレベルであれば、大人が摂取するのはあまり問題がないとのことですね。

 であれば、、、子育て終了世代が、積極的に食べませんか? ミネラルウオーターも、子どもに飲ませて、大人は水道水を飲みましょうよ。それが、「原発ジャンキー」であった私たちの世代のせめてもの罪滅ぼしにならないでしょうか。中国産の野菜は食べたくはないけど、私は今回の被災地からの野菜や牛乳は、「直ちに健康に害を及ぼさない」というものであれば、食べたいものです。そんな話をしていたら、85歳になる祖母が、「私なんて何を食べたって、たいして変わらないんだから、それで十分だよ」といっていました。

 私たちのほとんどは、この国から出て、生活することは出来ません。だったら、今まで原発というもので利益を享受してきた私たちが、宴席の自粛や、風評被害など、その事故で被害を受けている人たちをサポートするのは当然じゃありませんか。同時代に、同じ日本に暮らしているのだから、自分たちが出来る方法で、助け合っていきたいと私は強く思います。「ガンが怖い」という人もいますけど、タバコを吸う方が危険だと思うんだけどなぁ(苦笑)。それに、日本人の50%はガンにかかるといわれているので、多少リスクが増えたとしても、たいした問題でもないように私には思えます。だって、必ず私たちは死ぬ運命なのですから。

 日本を任せられるように、次世代を育てていくことが教育の原点です。この困難な時期だから、次世代を守っていくこと、そして同世代を盛り上げていくことが、私たちに求められているような気がします。

2011/03/20

新生

学生時代からの親友から電話あり。彼は福島県で教師をしており、二本松に住んでいる。ここは、原発から約40kmなのだが、食料もなく、水も通っていないし、燃料もない。その上、20km圏内から避難してくる人も多くおられ、かなり混乱している様子だ。「家族で、、、せめて子どもだけでも、千葉に来たらどう?」と提案したのだが、「今のところは大丈夫」とのこと。「空いている部屋があるから、いつでも待っているよ」といい、電話を終えました。
tmrowingさんのお宅にも、3家族8名の方がお見えになるそうですね。「災害弱者」である子どもやお年寄りが、被災地を離れることは、災害に「耐性」のある人たちの活動にとってもプラスになるものです。できるところから、やりましょう!

この頃、感じたことを備忘録的に。

久米宏や泉谷しげるがかっこいい。為末大もかっこいい。海外から賞賛される日本人の「行儀良さ」は、「出る杭は打たれる」とニアイコールということは、ネット上でいわれていることもあるが、その「行儀良い日本人」を勇気づけているのは、「出る杭」であるところが心強い、これからの日本にとって。

法人税の減税に言及せず子ども手当の廃止を主張している人を、信用してはいけないと思う。本日(2011/03/20)の東京新聞にある山口二郎氏のエッセイに心から同意する。また同日の、「買い占めは略奪と同じ」という木村太郎氏のエッセイにも深くうなずく。

自粛は美徳ではない。ただし、被災地で必要な燃料や節電には心がけなければならない。つまり、ドライブなどは自粛すべきだろうが、外食やパーティは予定通りにしたい。そこで、生活している人もたくさんいる。復興のために多額のお金が必要なのだから、景気を冷やしてはいけない。特に西日本。

その意味で、セリーグがどうしてもやりたいというのなら、関東ではデーゲーム。ナイターは西で行うべき。徳島県のマラソン大会開催に対して、批判的な記事を書いた読売新聞の良識を疑う。ちなみに、DHMOより怖い読売新聞、という記事もおもしろい。そうすると、前回にリンクを張ったロイターの記事は、反省しなければならないか。。。

被災地では、亡くなっている人も多いそうだ。子どもの餓死者も出ていると聞くと、胸が張り裂ける思いになる。少しでも早く被災地の人々が、安定した生活をできるようなることを祈るとともに、節電など節エネルギーに努めたい。

被災地で、若者が自主的に活動している。mixiで、卒業生が節電や燃料の節約、買い占めをしなように心がけていることを知る。プロ野球を開催せよと主張したり、「本部」という絶対安全地域にいる東電関係者や原子力保安院の皆様、今まで東電から広告費をたんまりともらっていたマスコミの皆様、よく分からんがとにかく飲料水や食料を買い占めている皆様、どちらの顔の方が美しいか。

危険を顧みず、原発の沈静化に取り組んでる方々に敬意を表します。ありがとうございます。

福島、および浜岡原発の危険性について、「もんじゅ」の危険性について、六ヶ所村の「再処理工場」について、漠然と知ってはいたが、「目立つのもなぁ」「電気のある便利な暮らしを考えるとなぁ」と保身を考えて、発言をしてこなかったのは私です。何も言わないことの「罪」について猛省し、これからは発言していきたい。
原発中毒となっている大人なんかよりも、自分たちで意思の表明ができない子どもこそ、原発事故のいちばんの犠牲者であり、私がいちばん詫びなければならない。

大きな政府が私は必要だと思う。ただ、大きな政府にしたときに、そこに発生する「利権」ができ、それにたかる人間が徐々に増え、その利権のためにさらに大きな政府にしようとする反動が、「小さな政府」への流れなのではないか。安ければいい、という経済至上主義から脱却して、「利権に流されない人々による大きな政府」という方向性になってほしいと思う。とはいえ、人間は弱いのでこの「蜜」から離れるのは難しいが、それを乗り越えていく原動力となるのが教育ではないか。

2011/03/18

逃げるな!

東北関東大震災の影響で2日間、休校。電車が止まっていたり、橋が渡れなかったりと、学校に来られない生徒が多かったので、そのための緊急処置です。1000年に1度といっている人もいたけれど、そうであれば、学校だって1000年に1度の対応、前例にない対応が必要となってくるのでしょう。

ここのブログでは、政治的なことはできるだけ書きたくないと思っています。というのも、政治的なことが原因となって、一緒にやっていけない/やりたくない、というのはあまり望ましくないからです。でも、今日は少しだけ書きたいと思います。

犠牲となった方々のご冥福をお祈りします。
そして、岩手や宮城、福島で被災をした人々が、体育館や公民館で、協力し合っている様子を見ると頭が下がります。また、寒さのあまり避難所でお亡くなりになった方のご冥福をお祈りしたいと思います。
被災地で1万数千人を助けた自衛隊や消防、警察、海上保安庁などの方々のご活躍を見ていると、「プロとは何なのか」ということを考えさせられます。ありがとうございますというkという言葉以外に見つかりません。
また、福島原発で活動をしている東電関連の社員さんや自衛隊、消防、警察などの方々に心から敬意を表します。彼らの決死の活動で、なんとか守られている気がします。
そして枝野官房長官の落ち着いた対応に、安心感を持てます。

だから、東電の初期対応への批判や首相がヘリで現場に行ったことに対する批判や、こんなロイターの記事に対する批判も、すべて飲み込んで、応援している人は多いだろう。

本日のニュースで驚いたことがあります。それは、次の記事。

この最後に、こんなことが書いてあります。

  • 保安院は、福島第1原発に通常7人いる、安全を監督する立場の保安検査官が17日までに、福島県庁に避難して一人もいないことを明らかにした。

この保安員は公務員でしょ? その公務員が逃げてどうするんだよ。「安全を監督する立場」の人間が逃げて、監督される立場の人たちがそこに留まり、活動をしている。これに対して、経済産業大臣はどう考えるんだろうか? まさか、それを許可したわけではないでしょうから、彼らが勝手に逃げてしまったと考えるのが妥当です。菅内閣のお好きな言葉である語から始めれば、まさに、「信用失墜行為」で懲戒免職にすべきじゃありませんか。
監督責任を放棄して、自分たちは県庁でのうのうと過ごしているわけです。もしリスクが怖いなら、最初からその職に就かなければ良かっただけのことで、今までは「監督者」としての利益を享受していたわけでしょ、あの人たちは。
万が一、経済産業大臣が彼らの「県庁入り」を許可したのなら、そんな政権は一刻も早くなくなった方が日本のためだろう。

東電の役員は全員が現地に入り、陣頭指揮を執るべきだし、保安院の広報係も現地に入って自分の目で見てこい。絶対安全の立場にいる当事者という、論理矛盾のような人々こそ、「我欲」の象徴ではありませんか。

本日の自衛隊による放水が建屋上部に届いたと聞いたとき、「よっしゃ!」「ありがとう!」と思った人は多いだろう。私もそのひとりです。被災地で寒さの中で耐え、お互いに協力して過ごしたり、強い放射線の中で活動している人々の意欲を削ぐような「監督者」なんていらない。意欲を削ぐ「監督者」に苦しめられてきた人なら、分かるでしょ。

2011/03/14

計画停電時間の検索

計画停電時間を次のサイトで検索できます。

http://bizoole.com/power/

M.Nakajimaさん、ありがとうございます!

2011/03/13

TEPCO計画停電情報

計画停電時間を次のサイトで検索できます。M.Nakajimaさん、ありがとうございました!

http://bizoole.com/power/

東京電力の初期の情報です!

栃木
http://www.tepco.co.jp/images/tochigi.pdf
茨城
http://www.tepco.co.jp/images/ibaraki.pdf
群馬
http://www.tepco.co.jp/images/gunma.pdf
千葉
http://www.tepco.co.jp/images/chiba.pdf
神奈川
http://www.tepco.co.jp/images/kanagawa.pdf
東京
http://www.tepco.co.jp/images/tokyo.pdf

埼玉
http://www.tepco.co.jp/images/saitama.pdf
山梨
http://www.tepco.co.jp/images/yamanashi.pdf
静岡
http://www.tepco.co.jp/images/numazu.pdf

東日本大震災:需給逼迫による計画停電の実施と一層の節電のお願いについて=東京電力

私たちは、第2次世界大戦から立ち上がったおじいちゃん、おばあちゃんを持っています。日本の復興を支えたすぐ上の世代がいることを誇りに思います。今度は私たちの番です。

お年寄りを助けて、これからの日本を支える子どもたちに私たちの行動を背中で見せて、立ち上がっていこうよ! 大丈夫、俺たちは、やっていけます!

少ないですが、リンク。

歯の詰め物が取れてしまったので、歯医者に行くために早めに自宅に戻ったところ、大地震でした。ドアを開けると、目の前に次女が固まっていたので、そのまま屋外に出て、揺れが収まるのを待ちました。

今回の地震での被害に遭った方に心からお見舞いを申し上げるとともに、自衛隊を始め、警察や消防、海上保安庁の関係者など、感謝してもしきれません。私がお見舞いを申し上げたり、感謝するのも場違いかもしれませんが、本当にそう思います。

妻の実家の山形は停電に苦しみました。義兄の「男の趣味」と始めた暖炉がこのときに活躍したようで、雪の降る中、近所の人が集まり、暖をとったようです。それ以外にも、見ず知らずの人が助け合ったり、避難所で役割を自主的に担ったりしているようです。
車で避難する人たちも、渋滞で苦しんでいるのに、逆車線に入って割り込みをしようとする様子もありません。
スーパーでも、レジで長蛇の列はありますが、割り込みをする人もいません。
夜に強奪をしようとする輩もおりません。
節電を心がけようとネットで呼びかければ、節電を行う人が多くいます。
twitterでは、有益な情報を探して、流している人も多くいます。
自分たちができることに何があるのだろうかと、情報を交換している人たちもいます。

私は日本に生まれて良かったと思う。誰しもがこの国を愛して、道徳的に整然と行動ができている。「愛国心を涵養せよ」「道徳教育を重要視せよ」という政治家は、国民や県民を信用できていないことの表れなのだろうが、そんなことをいわれなくても、郷土を愛する行動もしているし、道徳的な行いができています。
私はこの国に生まれたことを誇りに思い、この国を心から愛しています。そして一刻も早く、被災者の方の安全が確保されることを祈っています。

義援金を送り、物資は送らない方がいいようです。
寄付金 
日本赤十字  (まだ行っていません)
毎日新聞
はてな義援金

我が家では子どもたちも含め、貯金の1%を募金することにしました。

有益と思われるサイト
福島県の医療情報など  
いわて医療情報ネットワーク
北海道・東北・関東で人工透析可能な病院

ネットでお子様が安心して見られるアニメ

見つけたら、付け加えていきます。

2011/03/10

「5年前の知識は古いんだよ」
「5年前のハードディスクは使えないよ」

上は、高校時代の友人の泌尿器科のドクターのセリフ。下は、パソコンに詳しい同僚教員のセリフ。自然科学の進歩は早いということですね。

なんでこんなことを書いたかというと、前々回のエントリーが自分の中で気になっています。(http://rintaro.way-nifty.com/tsurezure/2011/02/post-8df6.html) 一般的に進歩というと、自然科学と対比したくなってしまいますけど、教育は自分科学(行動科学の方がいいかな?)に属するので、自然科学を喩えとして話すことは難しい。

自然科学は、正しいこと・間違っていることは、比較的、明確になるものですが、自分科学は明確になりにくい。AとBとの宗教のうち、どちらが正しいかとか、森鴎外と夏目漱石はどちらが優秀な作家だとか、近代美術はいつから始まったのかなど、誰もが納得できるような答えはないでしょう。つまり、明確な答えがないものです。

教育も同じ。明確な答えがない。明確な答えがないからこそ、答えを作るものとなる「基礎」が必要になってきます。

それは、「倫」でないかなぁと私は思います。「倫」はルールではなく、「人としての守るべき筋」です。

では、「人として」というのはどういう意味?となる。勝手な解釈をすれば、「人」とは、「その立場」と考えてみたらどうでしょうか。「父親としての守るべき筋」や、「母親としての守るべき筋」、「教師としての守るべき筋」、「医師としての守るべき筋」、「トレーダーとしての守るべき筋」など、いろいろな「倫」があります。立場といっても、「自然科学」としての立場であれば、その立場よりも、その人の持つ技術的なことが大切とされるでしょう。「筋」などよりも、「結果」を求められる世界ですから、それは当然なのかもしれません。

一方、「人文科学」の立場は、結果を究極の目標にしてしまうと、どこかに間違いが生じるような気がします。「父親」という立場で、「子どもを自立させる」ということを目標に子育てをすると、どこかで間違えます。子どもがACになってみたり、思春期を迎えて情緒不安定になったり、過度に反抗したり、いろいろと問題が表れてくるケースが多くあります。
子どもの自立のために父親がいちばんしなければいけないことは、無条件で子どもを愛した上で、社会のルールを教えたり、一緒に遊んだり、話を聞いたり、背中で自分の存在を示したりなど、直接的に「結果」に結びつくものではありません。子どもの自立は親の生き方の裏返しであり、生き方の醜い親がどんなきれいごとを言ったところで、子どもは見抜いてしまうでしょう。

「教師の倫」とは何なのかなぁと、このごろ、考えることが多くあります。教職についている人は、それぞれが独立した「倫」を持っていると思います。だから、こだわりを持つ人が多い。そして、まとまらないことが多い、特に同じ教科では(苦笑)
この「倫」は、結果を残そうと思うと卑しくなります、ハイ、間違いなく。この「結果」は、自分の頑張りではなく、生徒のがんばりに負う部分が多くなります。先ほどの「父親としての倫」と同じように、ガツガツと結果を出そうとしても、無理なんです。たとえ結果が出たところで、その先に、自分の人生を広げるための学びが出来るようになるかといえば、思ったよりもつながらないでしょう。

「教師の倫」とは、「父親の倫」と同じように、結果を求めず、自分の生き方を見せることなんでしょう。「英語教師の倫」であれば、自分が英語学習者としてのどのような姿勢を持ち続けることが出来るかがポイントだと私は思います。

きれいごとだけで解決できないことが、男女問題。だから、倫に反することを「不倫」なんていうんだろうなぁ(笑)

ちなみに息子の倫太郎という名前は、勝海舟の幼名の「麟太郎」の「音」をもらい、人としての正しい道を進んで欲しいので「倫」という字をつけました。

あ、、、。せつこさんへの返事がまだ書けません。。。次回は「コピー問題」について。

2011/03/01

私の英語学習歴

週末は1年ぶりの同窓会。男子校時代の友人と会うのは、いいものです。みんな立派だよなぁってわが身を振り返ったほどです。

中学校時代の友人は、私が英語の教員になっていることを話すと、「あら・・・」という顔をします。それほど、出来ない生徒だったんです、私は。。。
「中学校に入ったら遊んでいいんだぞ!」という亡父の教えを忠実に守り、中学校受験までは勉強しましたが、入学後はバスケット三昧です。好きな教科は音楽と数学、理科。This is ~.だけで英語は話せると思っていたほど、ほんと残念な生徒でした。

中学校から高校に進学するときに、成績の悪い生徒(全体の10%以下)にも選ばれ、他の生徒が自宅学習と決め込んでいるときに、私は毎日、学校で補習を受けていました(^^;; 心配した親が私を塾の講習に入れたところ、チンプンカンプン。テストを受ければ、偏差値42という堂々たる数字でした。これが、いまだに英語の出来ない生徒に対するシンパシーや、サポートをしたいという思い、そして(これは英語教師に限らないけど)、分かる生徒をメインに考えたがる指導者的立場の人に対する疑問につながっています。

「このままじゃまずいな」

と思ったのは、高校1年生の夏のこと。高校から入ってきた同級生は、かなり英検2級を持っているし、教科書も難しくなってきた。なんとかやらないといけないなぁと思っていたときに、中学校3年次の英語の先生が、「音読はいいんだぞ」といっていたことを「すがれるかもしれない藁」として思い出した。

そして、夏休みに中学校2年、3年生の教科書を、おそらく100回以上、音読してみました。すると、夏休み明けのテストで、今までとったことのない点数、76点をとりました。とっても感動しました、ホントに。そのテストの平均点が56点だったこと、答案返却時に妙な表情を先生が浮かべていたことも、よく覚えています。

怠け者だった私は、英語を勉強をしたのは、大学受験の時と、大学院への受験の時でした。教師になりたいと全く思っていなかった私は学生時代、全く勉強をしない学生でした。成績は、36単位中32単位が「C」でした(苦笑)。 そんな私が大学院に入りたいといったことを正面から受け止めてくれて、毎週のように読書会を恩師がしてくれました。(すごい英文の量を読まされたのよ、その時は)

教師になり、初任校は、英語の教員ではなく、ウエイトリフティングの顧問でしたので、全く英語の勉強はしていませんでした。うん、全くしていませんでした(^^;;

次の学校で、再び英語の勉強を始めました。その時に勉強したのが、

  • 英単語ピーナッツシリーズ(銀・金)
  • 茅ヶ崎シリーズ
  • シドニーシェルダンの多読

その他、教科書は徹底的に音読して、授業では教科書を持たずに授業をしたこともありました。(うーん、長続きしなかったなぁ、これは。3ヶ月程度で挫折)

現在は、もっぱら次。

これは、インターネット上で再放送が聞けるので、助かります。こちらも徹底的に音読して、リード&ルックアップ、暗唱などなど、自分の授業と同じような方法で、私も学習しています。結構、使いたくなるような表現が多くあるので、ALTとの会話の時に、あえてその表現を使ったりして(笑) 

こういうおもしろい企画を組んでくれたanfieldroadさんに深謝。ただし、トラックバックのやり方を読んでいてもよく分からないというか、頭が理解を拒否しているので、トラックバックなしにします。というよりも、トラックバックって何なの??(笑)

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