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2010/03/29

アリバイなの?

以前から欲しかった「テプラ」を購入。新年度に向けて、tmrowingさんの真似をして学級文庫を作りたいので、そのために本に名前を入れます。あとは、ストップウオッチを100円ショップで購入し、そちらにも貼り付けないと。この頃、100円ショップを見るとストップウオッチを買い占めしています。

学級文庫として、Oxfordのシリーズを約40冊、アメリカ版コナン君のEncyclopedia Brownシリーズを約20冊ほど購入。こんなに多く、コナン君シリーズがあったとは知らなかった。amazonでだいたい揃うことも嬉しいですね。多読で弱くなりがちな、じっくりと読むという作業もBrown君を活用して、カバーしたいものです。ただ、これだけ冊数があると授業でも使えそうなので、出し惜しみしておこうかな。

1年生最初は、文型から入る教科書がほとんどでしょう。

  • Pochi Jumped.
  • Yoshio became a teacher.
  • I drink green tea.
  • Yoshio gave Rie the doll.
  • We call our teacher Bill.

のような5文型を学び、英語の骨格を学ぶことになります。確かにこれは正しいけれど、中学校の学習指導要領ではもう少し細かく文型を分けています。(第2.2(3)エ(イ)) 教科書を全て見ているわけではないけど、第1章にありがちな文型学習は、中学校の復習としての位置づけなのか、それとも5文型を再確認しようという位置づけなのか。もし前者であれば、第1章には学習指導要領の「第2.2(3)エ(イ)」の要素はなければいけないし、後者であるならばその意味は・・・? 

文型以外にも以外にも、SV ~のあとに、「どこ」「いつ」「どのように」という要素が続きます。(ちょっと順番違うか) 田尻WSで例に出されたものだと、

  • I study English hard in my room every night.

という例文がありました。この3要素の学習って取り上げている教科書はあるのだろうか?もちろん、多くの英語の先生が高校1年次にはそうだったように、分かる人は理屈を教えられなくても体得しているケースもあります。でも、よく分かっていないケースも少なくないわけです。

その他にも"a tree by the school"のような名詞句も取り入れたい。"a huge tanker"のような「形容詞+名詞」や「名詞+名詞」は比較的、理解は簡単です。日本語と同じように前置修飾だからなのでしょう。一方、この名詞句や関係代名詞節、to不定詞の形容詞的用法のような後置修飾はなかなか分かりにくい。関係代名詞やto不定詞は文法事項として取り上げているだろうけど、名詞+前置詞句→名詞句という作り方は、それを文法事項として取り上げていないんじゃないかな。それって、どうなんだろうか。

英語学習については、色々な教授方法・学習方法があるけれど、「音読」「暗唱」「多読」は誰しも認めるところです。「そもそも」論で物事は解決しないこともあるのは承知でいえば、そもそも教科書が音読に適し、暗唱としてふさわしく、多読的な要素が含まれているべきなんだろう。そのためには著者がその本文を何度も音読し、暗唱して初めて分かることもある。文字を見るだけでは、違和感が分からないんだよね。

もうすぐ新学期。どんな出会いがあるのか、今から楽しみです。

(間違いを修正)

2010/03/28

前提とは土台

少しずつモードのチェンジ。いいわけになりますが、転勤して慣れてきたときに、椎間板ヘルニア発症。調子が良くなってきたら、授業の終了という、ダメダメの1年間でした。椎間板ヘルニアに悩む(元)同僚も少なくないので、相変わらず大澤先生への営業部長の仕事も行っております、ハイ。このブログをご覧になって訪れた方もおられると伺いました。埼玉県の先生、地元大学の先生、いかがだったでしょうか?

明光義塾という個別指導の塾の教室長だったFさんの一周忌の案内をいただきました。私より年下だった彼が亡くなってからもう1年間ですか。早いものです。知人を介して彼を紹介されたのが4年前で、彼の死去までの3年間は、本当に深いおつきあいをしました。英検準1級を彼は持っており、英語の苦手な中学生の学力をどうやって上げたらいいのかということを真剣に考えている方だったので、ずいぶんと濃い話ができたものです。実は、「フレーズで覚える英単語1400」は彼が、「『短文で覚える英単語1700』は苦手な生徒が独学で学ぶには難しすぎます。だから、フレーズ単位で単語が覚えられる教材を作ってくれませんか?」というリクエストが企画のきっかけでした。
そんな彼の一周忌にご案内をいただいたことに感謝するだけでなく、いつか向こう側で彼と会ったときに怒られてしまいそうです。

そんなモヤモヤとした思いを持っちながら22日に田尻悟郎先生のワークショップに行ってきました。その感想の前に、少しだけ違う話を。

心理学を学び始めて10年近くになりますが、学び始めたきっかけは、「こんな状況の時には、生徒にどうすればいいんだろうか」とか、「生徒が○○といってきたら、どう答えればいいんだろうか」という、「実践的」なことを知りたいという思いがきっかけでした。あの当時は、勤務していた学校の中が反社会的な雰囲気もありましたからねぇ。転勤した直後に廊下を歩いていたら、見ず知らずの生徒から卓球のボールを投げられるわ、右翼の街宣車は来るわ。しかも、何かあると「担任の先生お願いします」なんていう担任丸投げの学年主任もいて、いわば、せっぱ詰まった状態だったんです。

ところが、心理学のお師匠さんと話をしたり、紹介された本を読んだりしても、そんな「実践的」なことなど、最初から出てきません。「人間とはどういうものか」という人間観がとくとくと書かれていたり、自分を知るための方法を勧められたりと、自分が求めていた「実践的」なものとかけ離れているのです。正直、私はかったるく感じました、俺はそんなことを求めているんじゃなくて、いますぐに使える「実践的」な技術が欲しいんだよ!!と。

そんな思いをなだめすかし(すかされ)、かったるく感じたことに向かい合っていると、実は「人間とは何か」「自分はいったい何ものなのだ」と自分なりの考えを持つことが、教育相談を行う上で必要だと分かるようになってきました。機械やコンピュータが相手なら技術だけでいいのでしょうが、人間にはそうはいきません。その人のオーラというか、深みというか、目に見えず、皮膚感覚で伝わってくる存在が前提となってきます。その前提なしに、アクティブリスニングやアサーショントレーニングを学習しても、なーんの役にも立たないのです。一生懸命さが美しいのは若いときだけです。年をとれば取るほど、人間観が教師にとって必要となってくるのです。

田尻先生のワークショップでは、「技術だけではダメだ。教師の誠意が学校をよくする」という話しがあってから、具体的な指導に入りましたが、それは私も深く納得しました。その誠意とは、自分に対するものではなく、生徒に対するものでしょう。(たまに、自分のために一生懸命、「教育活動」に従事なさっておられる方もいるけれど) 将来の日本を背負ってくれる若者が、しっかりとした知識を身につけ、自分で考え、自分で行動をすることで、日本や世界をよりよい世の中に作り上げていけるようになるものです。人口の減少が進む中、勉強やスポーツが出来ようが出来まいが、多くの生徒が学校で教師という大人から「誠意」を感じることができなければ、家庭以外でいつ感じることがあるのでしょうか。一人の人間として子どもが大人から大切に扱われるという経験は、健やかな成長に大きな影響を与え、この国を作り上げていく若者にとって大きな財産となると俺には思えるんですよね。(そう考えると、教師の「誠意」は愛国心の表れとも考えられかも)
こうやって文字だけにすると何となく偽善的なんですけどsweat01 ともかく、そんな風に思ってしまうわけです。

教育活動は色々な場面で行われるもので、当然の事ながら、英語教育は教育活動の一部であると私は思っています。これは裏を返せば、英語教育での活動にも、その先生なりの教育観が現れてくるものです。たとえば、確かにディベートで論理的な思考力を作り上げることも必要かもしれませんが、それよりも異なる意見でコンセンサスを作り上げることが日本文化の中ではより大切だと私には思われます。正面突破も必要なときもあるかもしれないけど、根回しをすることも必要です。(現実社会はどうなっているか) 勝ちすぎは嫌われるし、負けるときだって逃げ道だし、「村八分」であって、「村十分」ではない。昔話を見れば、悪人だって改心してみんなと仲良く暮らしました、、、という話しが多くあります。
こう考えてみると、日本人は論理的思考のみで生きてきたわけではなく、広く人間関係を作り、信頼関係を重ね、「敗者」にも敬意を持って生きてきたのではないかと、私は思います。「意見」と「人間性」を分けることが苦手な人が多いのですから(私もそうです)、「意見」が却下されると、「人間性」までもが否定されたような気持ちになってしまうのも、文化的背景によるものではないかなぁ。
だから、ディベートよりも、答えのない課題解決の方が日本人には合うのではないかと思います。例えば、

月面旅行で車に乗っていたら車が壊れてしまいました。その車には○○や××など、30種類の道具・食料が積んであります。宇宙船までの距離は50kmで、宇宙船が地球に帰るまであと15時間しかありません。あなたは、積んであるものの中から何を持って宇宙船に戻りますか。

なんていう課題であれば、メンバーの意見でコンセンサスをとって、よりよい助かるための方法を全員で考えます。勝ち負けもないから、素直に参加出来る確率も高くなります。月の事も知らなければならないし、人間が生きるための条件だって調べなければならないでしょう。

何を書いているのか、まとまらなくなりましたが、まぁ日記ということでごめんなさい。

2010/03/14

まとまらないには、わけがある。

ブログも、完全に停滞気味。もう少し、文法シリーズも続けたかった気持ちもあるのですが、私的というか、仕事的というか、わけのわからんものも加わって、気ぜわしい一日という気持ちだけで毎日が終わってしまいます。これじゃいけないな、ハイ。
「文法シリーズ」ですが、もし大人向けの英語基礎教材に興味のある出版社の方がおられたら、メールを下さい。文法用語を極力使わず、文型の骨格を学び、そこに文法を加えていきます。そして、句→文という方向性で学習していくという学習本であれば、だいたいの構想はありますので、お気軽にどうぞ。

「高校の英語教師はどうしてまとまれないか?」ということは、いろいろなところで話題になるところです。確かに中学校など、ホニャララ主事の影響力が強いと聞くこともありますが、高校は誰になんと言われようと、変わる先生は圧倒的、少数派でしょう。これは、私たちが生徒に影響を受けている証拠です。

小学校だと、管理職(校長・教頭)から教諭の受ける影響は大きいものがあります。校長の方針で先生方の方向性が変わってしまいます。校長が「体育に力を入れる」といえば、先生方は一丸となって体育に力を入れるようになります。これは、先生方と児童との関係性に影響を受けているからです。児童にとって先生は絶対ですから、まず反抗することはないでしょう。つまり、クラス担任:児童=管理職:教諭、というような図式になります。いわば、「児童期文化」が学校を覆っているのです。

中学校になると、管理職の方針に対して、異を唱える先生方も出てきます。「体育に力を入れる」と案が提示されても、「いや、国語が大切なんじゃないか」「やっぱり、芸術だろう」という反対や対案が出てきます。しかし、最終的には管理職の案が大切にされます。こちらも、先生方と中学生との関係性に影響されています。いわば、「思春期文化」が中学校の雰囲気です。
ある中学校に小学校の校長が赴任して、自分の茶碗を洗っているときに、「いままで自分の茶碗を洗ったことなんてないよ」と発言があったとか。これは、小学校と中学校との文化の大きな差です。

一方、高校となると、管理職の案に対して、教諭の受ける影響はかなり小さくなります。「体育に力を入れる」と案が提示されても、自分が納得しない限り動きません。(もちろん、納得したことに対しては、責任を持って対応します。) たとえ会議を経ても、自分が納得しない限り、授業スタイルを変えることはありません。これも同じように、先生方と高校生との関係性が影響されており、「青年期文化」が高校の雰囲気です。

同じように、大学になると、学長がなんといおうと先生方はまずまとまらないでしょう。ここも同じように先生方と大学生との関係性に影響されているのです。

こう考えてみると、「高校の英語教師」がまとまりにくい理由が何となく想像できます。みんな納得できない限り、まとまらないのですよねぇ。「入試に対応できるように、長文読解に力を入れるぞ!」と多数の先生が教科会議で発言したとしても、「おれは、会話重視でいくよ」という先生もいるでしょう。「時代はディベートだぜ、ディベート」と教科の先生が多く言ったところで、「日本文化にはディベートなんて無用の長物だろ!」という先生は、変わりません、何があっても、ハイ。
もしまとまるとしたら、考え方の方向性が似た人や、共感をしてくれる先生方だけが集まった場合のみではないでしょうか。

「仕事なんだから、まとまりなさい」という正論はあるかもしれませんが、それは高校生文化を考慮しない発言でしょう。力ずくでまとめようとしても、必ずしっぺ返しがきますから。仕事なんだから、専門職として自分の考えるベストを尽くすのがいちばんだと私は思うのですが。。。

この「思春期文化」を無視すると、力ずく、そう時には権力を使って、自分たちの理念を浸透させようとする人が現れます。そして、同じ方向を持った人たちが「取り巻き」として豪そうにしてきます。そうそう、ほら、あの人やその人ですよ!(笑) でもね、間違いなく、失敗します。

失敗しないようにするにはどうすればいいかって? それは、高校生が小学生のように素直になるしかないのです。でもさ、それだと高校生にはアイデンティティを考えさせる時期がなくなりますよ。そうなったら、世の中どうなることやら。私にはそんな世界のほうがよっぽど、怖く感じますね。

2010/03/05

おまけだよ、おまけ

K社からとある連絡を受けるが、ちょっとムッとする。出版社にとっては、高校教師は所詮高校教師なんだろうね。大学の先生とは差別されている気がするのは、私の被害妄想だろうか?(苦笑) そのうち、タイマーズのzerryになっちゃうぞpunch(笑)

「名詞は□でくくる」とか、「SVについて」とか、「句→文へ」など色々とエラそうに書いてきましたが、適当に例文を作ってみたので、もしよろしければご活用下さい。

<SV>

  Birds fly.
  I walk.
  Dogs bark.
  Cats jump.
  Fish swim.
  You study.
  We work.
  They sleep.
  Mice run.
  Girls talk.

<SVM>
  Birds fly in the sky.
  I walk in the moring.
  Dogs bark at night.
  Cats jump on the table.
  Fish swim in the river.
  You study at the library.
  We work for the bank.
  They sleep by the sofa.
  Mice run across the floor.
  Girls talk with their friends.

<SVC>
  They look tired.
  The cakes smell good.
  The guitars sound great.
  They feel terrible.
  They become nurses.
  They keep silent.
  The children appear happy.
  The peaches taste delicious.
  The leaves turn red.
  My cousins seem well.

<SVO>
  I read a newspaper.
  You throw a ball.
  We study English.
  They eat pizza.
  I make cofffee.
  The students play baseball.
  The maids serve tea.
  We hear the bell.
  The teachers help students.
  Children watch animals.

<SVOA>
  I put a key on the table.
  We introduce our town to tourists.
  The teachers explain school rules to the students.
  My parents take me to the zoo.
  My friends bring their cell phones to school.
  My parents drive me to the station.

<SVOM>
  I read a newspaper in the train.
  You throw a ball over the fence.
  We study English at the library.
  They eat pizza at the restaurant.
  I make cofffee for my parents.
  The students play baseball on the fields.
  The maids serve tea in the evening.
  We hear the bell from the temple.
  The teachers help students after school.
  Children watch animals at the zoo.

<動名詞(句)>
  playing baseball
  eating delicious meat
 studying mathematics
  riding a bike
  shopping for clothes
  watching TV
  listening to good music
  drinking red wine
  collecting old stamps
  taking the express train

<動名詞(主語)>
  Playing baseball is good exercise.
  Eating delicious meat requires much money.
 Studying mathematics is fun for me.
  Riding a bike makes me healthy.
  Shopping for clothes is my fovorite activity.
  Watching TV gives me a lot of information.
  Listening to good music helps me relax.
  Drinking red wine is good for your health.
  Collecting old stamps is my hobby.
  Taking the express train is convenient but expensive.

<動名詞(目的語)>
  I like playing baseball
  We like eating delicious meat.
 I don't like studying mathematics.
  My hobby is riding a bike.
  My sisters love shopping for clothes.
  John's favorite pastime is watching TV.
  I enjoy listening to good music.
  I recommend drinking red wine.
  Ken stopped collecting old stamps.
  I missed taking the express train.

<分詞の前置修飾(句)>
 the sleeping baby
  the running boy
  a laughing girl
  the walking man
  a crying woman
  a used car
  a boiled egg
  a baked potato
  retired men
  a respected stateman

<分詞の前置修飾(主語)>
 The sleeping baby is ours.
  The running boy is Tom.
  A laughing girl makes us happy.
  The walking man found some coins.
  The crying woman is a heroine.
  A used car is cheap.
  A boiled egg is good for breakfast.
  A baked potato makes a good dinner.
  Retired men enjoy volunteer activities.
  A respected stateman serves his country.

<分詞の前置修飾(目的語)>
 Look at the sleeping baby.
  Do you know the running boy?
  My best friend is that laughing girl.
  This house belongs to the walking man.
  Let's cheer up the crying woman.
  I bought a used car.
  I ate a boiled egg for lunch.
  I cooked a baked potato.
  My father knows the retired man.
  I voted for the respected stateman.

疲れたので、これでお仕舞いにします。また気が向いたら、書きますね。

2010/03/04

動詞だよ、動詞③

合格発表日。初々しい声が響いてきますが、このときの気持ちを忘れないで欲しいものです。とはいうものの、自分は、あんな時や、こんな時の気持ちの大部分を忘れてしまっていますがsweat01 自分のことは棚に上げておく1人ということでね、私も(苦笑)

羽生善治名人への挑戦が決まったのは、「将棋界の一番長い日」で勝利した三浦弘行八段。最終戦での気迫あふれる様子を見ると、熱戦の七番勝負になるのではないかな。今から楽しみです。

今回は現在完了。現在完了というと、多くの参考書や授業では、「形(have+過去分詞)」と「意味(完了、経験、継続)」の2つを提示されています。もちろんこれに加えて、疑問文や否定文の作り方や、副詞の使い方が紹介されています。さて、これらを授業の最初でまとめれば、後々の学習はしやすいでしょうけど、この順番で学習者が理解しやすいのでしょうか。

そんな疑問があったので、私はhaveを「~という現在の状況を持っている」と考えさせてから、自然な日本語にしています。

  • I have finished my homework.
  • 私は宿題を終えたという現在の状況を持っている
  • 私は宿題を終えた。
  • I have climbed Mt. Fuji before.
  • 私は以前に富士山に登ったという現在の状況を持っている
  • 私は以前に富士山に登ったことがある。
  • She has lived in Tokyo for four years.
  • 彼女は4年間東京に住んでいるという現在の状況を持っている
  • 彼女は4年間東京に住んでいる。

このようにすれば、わざわざ「完了、経験、継続」と分けなくても、導入が出来ます。この導入を終えてから、have+過去分詞という形を教え、それぞれの用法に使われる副詞を学ぶことによって理解・定着も深まってきます。

「~という現在の状況を持っている」とワンクッション入れるのは面倒だし、ケシカランと怒られることもあるかもしれませんが、この方が生徒の理解は良かったのは確かです。

実践的コミュニケーションもいいし、4技能の統合もいいでしょう。ディベートで活躍する姿を見たり、堂々とスピーチを行ったりする生徒を見ると、そういう指導されている先生はおそらく教師冥利に尽きるだろうと、十分に理解できます。

しかし、そういう生徒ばかりではありません。

分からない生徒だっているわけだし、卒業してから英語を使う機会のない生徒もいくらでもいるわけです。私の周りを見ても、学校を卒業してから英語を使って生活や仕事の必要に迫られている人間など1人もいません。せいぜい、海外旅行かもしれませんが、人生のどのくらいの日数を海外、しかも英語圏で過ごすというのでしょうか。
だからね、「使える英語」をたとえ身につけたとしても、「使う機会」がないし、必要でもない生徒にとって、「使える英語」はそんなに魅力的ではないのですよ。これに魅力を感じているのは英語に携わる人々、特に英語の先生ではないでしょうか。

だから、違う物差しがあってもいい。「出来ないものが、分かるようになった」「読めなかった英文が読めるようになった」「聞けない英語が、理解できた」「自分の言いたいことを、英語で言うことが出来た」というような、成功体験を得ること、そして自信=自尊感情を身につけていくという力こそ、「生きていく力」だと思うのですが、おそらく私は少数派でしょう。

大人になってもそうですが、「やり直そう」と思う人たちにとって、学生時代のあの分かったような、分からないような説明を参考書や学習書で読み、理解することは難しい。だから「英語難民」と呼ばれる人が増えたり、「なんとなく分かった気がする」というダイエット本みたいな英語学習本が氾濫したりするわけです。もし専門家としての矜持があるのなら、初級者向けの著者は、本当に自分の本で力がつくのかどうか、最後まで続けられるのかどうか、考える責任があります。「君たちには難しいかもしれんけどね、、、」という上から目線が多いことに私は辟易していますが、おそらく著者の先生にはそんなつもりはないんだろうなぁ。大人向けのやり直し教材は、「最後まで続けられる工夫」と「分かった気ではなく、定着する工夫」との2つが必要だと思いますが、その両方の折り合いをどこでつけるか。ダイエット本のように、売れればいいわけでもないだろうに。また、話がそれてきた(^^;;

もともと「英語教育」の3月号の記事の薄さからこんな「文法講座」を書いてみましたが、私のブログはさらに薄いかなぁと自分を見つめるときでもありました。ただ、本気で英語の苦手な生徒という英語教師のもっとも「苦手」とする分野でてこ入れをしようと思うなら、一回の特集を組んで、それを「実績作り」としたって仕方がない。今までほとんど無視されてきた分野なのだから、長く続けないと。

Lucyさんからせっかく励まされたのですが、この続きはまたいつか機会があれば、書いていきます。ありがとうね、Lucyさんup

2010/03/02

動詞だよ、動詞

卒業生からメールあり。理学療法士を目指している卒業生から国家試験が終わり、自己採点が正しければ、合格しているだろうという嬉しい知らせでした。3月31日が発表日だそうなので、終わったらお疲れさま会でも開きましょうと伝えておきました。携帯もそうだし、mixiもそうだけど、作られた人間関係が続けられる便利な道具ですね。

教師も人間ですから、それぞれ個性があります。教師としての個性は、その集団の中で学力が相対的に低い生徒に援助をしたいとなぁと自分は思っています。「出来る層」を教えているとそれは楽しいし、実際に補習などを通じて、学力の向上を見ていると嬉しい気分にもなります。でも、授業の中では、苦手な生徒を大切にしていきたいと思っているんですよね。これは、「教えるレベルを下げる」こととイコールで結ばれるものではなく、歩みが遅くなるだけです。相対的に得意な生徒も、ゆっくりと歩いたり、助け合ったりする中で、気づきがあるんだよなぁ。

さて、昨日はなんだか授業のような感じでしたが、本日も同じように書いていきます。

動詞は「体の動きがある動詞」と「体の動きがない動詞」に分けることが出来ます。
<動きのある動詞>
この動詞は、現在形で使われると習慣(何度も繰り返されること)を表します。

  • I walk to school.
  • I drink coffee every morning.
  • I use this dictionary..

体の動きがあるのですから、「~している」という進行している動きを表すことも出来ます。この「~している」は進行形と呼ばれ、be+doingの形となります。

  • He is working now.
  • She is singing on the stage.
  • I am waiting for her.

<動きのない動詞>
これは、心などの状態を表します。

  • I believe you.
  • I cannot understand your idea.
  • We have three children.

これは、体の動きがないので、進行形にはなりません(原則的にだよ、もちろん)。

現在完了まで話しを持っていきたかったのですが、本日は「将棋界の一番長い日」。今から実家で、BS2を見てきますので、続きはまた後日。でも、あまりこの文法シリーズはおもしろくないでしょうか?sweat01

2010/03/01

助動詞だよ、助動詞

卒業前の静けさの一日。この1年間、初任以来の副担任であったこと、そして素晴らしい生徒と出会えたことで、去年に感じていた緊張はどこにいったのやら?sweat01 今の高校生は素晴らしいと思う。高校の同窓会で友人が、「自分の子ども(小学校6年生)を見ていると、自分の高校生の時よりもずっと真剣にものを考えている」といっていました。御意。私が高校生だったときには、今まで教室で出会った生徒の平均よりも、はるかに将来のことを考えていなかった。
出会ってきた高校生は、常に自分を責めていた。うまくいかないのは自分の責任であると思っている生徒が大部分です。これは、大人が悪いんだろうね。アダルトチルドレンばかり生まれてしまいます。彼ら・彼女らの「何とかしなければならない」という気持ちを受け止め、成長を援助していくことが私たちの仕事なんだよね。
この少子化の時代に、将来の日本を担う若者が、勉強が出来る生徒は哲学を持たせ、苦手な生徒には勉強をさせる援助をさせることが、若者にとって役に立つだけでなく、国家にとっても役に立つことなんです。「あいつはダメだよ」と若者にレッテルを貼っても、なにも生み出しません。

本日は、動詞についての第3回。テーマは「動詞の意味を広げる」ということ。

"work"「働く」だけでは、「働く」という意味しかありません。そこで、動詞の意味を広げちゃいましょうよ。意味を広げるとはどういうことかって? 「働く」に他の要素をつけて、+αの意味を与えるということです。例えば、病み上がりの人に働けるかどうか尋ねたとき、「働けるよ」と可能の意味を与えることで、意味を広げられます。同じように、働かない子どもに対して親が、「働くべきよ」とアドバイスをしたり、それに対して「じゃぁ、、来年になったら働くよ」と答えたり、もしかしたら「わかんないけど、働くかもしれない・・・」と答えたりするかもしれません。

このように、動詞に何らかの要素をつけることで、意味を広げることが出来るのです。

この要素のことを「助動詞」といいます。最初のときは、4つの助動詞を覚えておきます。

  1. can:「~することが出来る」という「可能」の意味を与える
  2. will:「~だろう」という「未来」の意味を与える
  3. must:「~しなければならない」という「義務」の意味を与える
  4. may:「~かもしれない」という「推量」の意味を与える

これらを助動詞と呼び、動詞とまとまりを作ります。あ、そうそう、助動詞があるときには、後ろの動詞は「原形」になります。

  1. I can play the guitar.
  2. I will try.
  3. You must read this book.
  4. He may love you.

動詞のまとまりだと見て分かるようにするためにも、ここにはアンダーラインを入れておくと分かりやすいかもしれません。(これは、mayですね、ハイ)

こんな感じの導入は、コミュニカティブでもないし、「文法的」なのかもしれませんが、コミュニカティブがよければ、この理解定着を受けてから、コミュニカティブにすればいいだけじゃないのかなぁと思いますが、いかがなもんでしょうね。

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