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2010/01/22

ストラテジー

ふぅっと一息。ヘルニア(師はヘルニアではないというが)が一段落ついたと思ったら、今度は違うことで、新しい世界に突入。世界は広いものです。

授業も実質的に終了したので、10人の両手両足を借りてもあまりある今年度の反省は先送りにして、色々と気になったことを少しずつ書いてみます。

以前にも紹介しましたこの本。とても面白く読みました。

  • 寺島 隆吉著『英語教育が亡びるとき』(明石書店)

寺島先生が書いてあることにはとても説得力があるし、第2章は本当に、心底、共感しました。その上で、ちょっと気になったところを、あえて「ケチ」をつけてみます。
少し下火になったとはいえ、必ずホッととなるであろう話題の「英語の授業は英語で」という理念ですけど、これに対抗するいちばんの方法は、ブログであろうが、研究会であろうが、口にしないことだと思います、もし反対するのであれば。これは逆の立場になってみると、分かるかと。たぶんね、推進している人は、孤独感というか、浮き出ている感を感じますよ。それと、使えるものは何でも使うということです、もし反対するのであれば。正面から受け止めない方が、より戦略的です。

そう考えると、第3章に書かれてあることは、例の理念を実行しないのに十分なほどの「言質」となっているのに、それを批判しちゃダメです。これは、月間『英語教育』(2009年5月号)の記事で、菅正隆氏や田尻悟郎氏など英語教育界のリーダーが、『「言語活動を英語で行う」という指導要領の指示を文面通りに受け取っていなかった』ということに対する批判です。この時期の『英語教育』は、職場で読んでいたので、この号が手元にないのが残念ですが、寺島先生の受け止め方がその通りなのであれば、そのままスルーしちゃいましょうよ。そして、現場の先生はオエライ、ホニャララ主事が授業に来て、「あなたの授業はなっとらん!英語でやってないじゃないかpout」といわれたら、この号を取り出して、話せばすむことかと。ぜーんぶ、英語で授業をしたい人はすればいいけど、それが効果的だとはいえないと思うのであれば、この号は絶対に保存しておいた方がいいっすよup

もう一つは、底辺校に対する記述。私の経験では、ここで書かれているほどたいへんな状況だとは思えません。もちろんね、たいへんといえば、たいへんですよ。いろんな事件は起きるし、特別指導はいくらでもあるし、警察沙汰だってあるし、保護者と連絡が付かないことだっていくらでもあるし、生活の援助もしなければいけないことだってあるし、ともかく、ブログには絶対に書けないことも含め、いろんなことが、いくらでもあります。
でもね、私は面白かった。最初は大人に対する不信感の眼差しをこちらに向けてくる少年が、徐々に人間関係が出来上がり、勉強が分かるようになると、変わるんですよ。授業も成立するし、オイタもしなくなってくるし、自分たちの課題を教員に話してくれるようにもなってきます。だから、そんな捨てたもんじゃないんですよ。そういう部分も書いて欲しかったな。

しかーーし、です。以前に、進学校しか経験したことのないホニャララ主事サマが、「底辺校で授業が成立しないという人もいるけど、アルファベットが書けるようになったら、それはそれで学力の向上と考えられる」といっていました。こういうことを聞くと、無性に腹が立ちます。そう、身内をけなされたようなムカツキです。やったこともないのに、よくもまぁ、そんなことをいえたものだのぉ、、、と。せいぜい、3~5年程度の1校の経験で、「ワタクシも理解できました」という人もいるけど、無理ですから。10年はやらないと分かりませんよ、えらそうにいいたいのであれば。
おそらく、そんな人が多く寺島先生の周りにいるんだろうなぁと、勝手に解釈をしています。だからこそ、底辺校も捨てたもんじゃないよぉと書きにくかったのかもしれませんが。。。

それはともかく、英語教師を元気づけてくれる1冊です。私は読んでいて、勇気づけられました。

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