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2009/08/27

学力の伸ばし方(高校英語)

 1年ぶりのオフも終了。広島から柳瀬先生、Lucyさんやmikarinさん、anfieldroadさんだけでなく、若い先生や出版社の方からも参加があり、まじめな話しから雑談まで、楽しい時間を過ごすことができました。柳瀬先生からは大学の話しを、anfieldroadさんからは中学校の話しを伺うと、その場によって課題は違うのだということを実感できました。特にanfieldroadさんからの「取材」は今月だけで3回にも及びました。ありがとうございました<_o_>

 全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の結果が発表されたとか。(http://www.jiji.com/jc/zc?k=200908/2009082700628&rel=j9) これは小学校と中学校の調査なので、高校の調査ではありません。私は高校の教員ですから、中学校の英語については表面的なことしか知らないし、高校でも進学校と呼ばれる一部の学校の経験も大してない。今まで長くいた学校は、英語が苦手だ、早い話が英語にコンプレックスを持っている生徒との関わりしかないので、そこをベースにしてしか、話ができません。(謙虚なんです、ハイ)

 ということで、英語の苦手な生徒の学力伸ばし方という、今までの焼き直しのような記事になるかもしれないけど、自分の考えをまとめるためのメモとして考えていきます。

 学力向上を考えるの時に、外せないんだけど、外すことが多く、かといって上手に定義しにくいものはなーんだ、というナゾナゾを出してみる。「ヌエ」みたいなもので、「これ!」と言いにくいのだけど、その実態が具体的に見えないために、イライラされる。

 答えは、教員の哲学、です。どういう生徒観(教育観)を持っているか、という哲学です。これは、最初から書いてもなかなか分かってもらえないものです。向こうの領域にたどり着いた人が振り返ったときにだけ見ることのできる風景です。

 競馬で人気のない馬に鞍上する騎手はリラックスしてレースに望めます。15番人気であれば、勝つだろうとなんて思う人はわずかで、14着になろうと、18着になろうと、あまり気にもされないものです。
 喩えとしては適切ではないかもしれないけど、そして批判されるかもしれないけど、これは、英語が苦手な生徒≒積極的に学習しない生徒に英語を教えることとよく似ています。彼ら、彼女らが学力が向上しなくても、あまり気にされない。
 生徒も最初から「この程度だよな」と妙な自己評価をしている場合も少なくないし、それよりも、「自分はできないから」というマイナスの思いこみをしている。
 保護者も、「うちの子は、この程度だよね」という評価を持っているケースも多いし、時には「学校に面倒をおかけしているから」という場合もある。
 そして教師も、「この生徒に何をしても、大して変わらないよ」と思っている。時には、「もっと英語を教えられる学校に行きたいよ」なんて思う人さえいるかもしれない。

 先ほど、人気薄の馬の騎手との比較をしましたが、そんな教師と騎手とのいちばんの違いは、騎手はチャンスをうかがっていることでしょう。人気薄でも、虎視眈々と狙っているケースが少なくない。
 蛇足だけど、昔、有名なS騎手(すでに引退)は馬を精一杯に走らせすぎてしまい、その反動が馬に出てしまい、厩舎から嫌われていると聞いた。これって、ガツガツと小テストだナントカテストだとか、課題を出し過ぎる学校と似てないかい?(笑)

 それはともかく、私が大切だと考えるのが、「マイナスの思いこみ」をどうやって溶かすかということです。しかも、相手は高校生という発達段階にあることを、考慮に入れなければならない。つまり、中学校1年生に比べれば、はるかに大人に近づいています。

 この思いこみのほぐし方を、どのように行うかが、その先生の哲学なんです。きっぱりと言います。技術だけの問題ではありません。むしろ、哲学のウエイトの方がはるかに高い。「大して変わらないよ」と弱音を吐いてしまうときは誰に出もあるけど、偶然に前が空いて、飛び込める時を探している先生は、哲学を持っています。そして、哲学では攻め方に迷うときがあるので、その時に技術が必要となってくる。
 この順番を間違えて、技術をホニャララ主事が教えようとしたって、それはあまり役に立たない。役に立つのは、哲学というベースがある先生だけだけど、そういう先生の琴線に触れるためにはホニャララ主事が、同じような学校で体験している必要がある。しかも、ホニャララ試験のために腰掛け的に在籍していたり、生徒と関係を作れなくてすぐに逃げたり、それではダメダメ。
 得手不得手があるのは当然なんだから、そういうときにはエラそうに仰らないのが肝要かと。

続きはまた、明日以降に。

夏休み野菜パーティのお誘い

昨年に引き続き、今年度もオフ会(オフミ)を開きたいと思います。

  • 8月26日(水) 18:00~
  • 地下鉄表参道近くの野菜とワインの美味しいお店
  • 会費4000円

以上の日程で行います。

なんと、昨年に引き続き、今年も広島より柳瀬陽介先生がお見えになります。お気軽にお越し下さい。参加を希望される方は右のaboutより私までメールを下さい。当日のため、お名前と所属もお願いします。
 実際に会ってみて分かることもあります。昨年は、ゼンリキキョウ(?)で盛り上がったり(笑) 話題も英語のことだけでなく、幅広いものでした。英語とは関係のないお仕事の方でも、学生さんでも、お気軽にお越し下さい。ホント、あっという間の2時間(3時間?)でしたよね、昨年は<参加された方々。

 ちなみに、当日はワイン飲み放題ですhappy01 (ビールなんかも大丈夫) また、料理も美味しいのでご期待下さい。

 なお、今年は12月5日(土)に忘年会も予定しています。

2009/08/16

社会的地位と「むなしさ」

首痛・腰痛の夏bearing ここまでひどい痛みははじめてで、PCを触っていられませんでした。歩くことも辛い状態だったので、信用している鍼灸・マッサージに行き、治療開始。何度か通い、楽になってきたところで、anfieldroadさんと船橋でお疲れさま会を。彼と会う前に、時間があるからといった某国式マッサージに行ったのが失敗でした。首をグキっとされ、腰をボキッとされ、首は回らないは、歩くだけで痛みがさらに強まりました。急遽、翌日に鍼灸の予約を取り、「浮気」を咎められ笑われ、なんとか痛みも引いてきました。いつまでも若いと思ってはいけませんね。この間にメールを出せなくて不義理を失礼しました<_o_>

腰痛で苦しんでいるときに、ワイドショーはのりピーネタで一色だとか。クスリについては学校でも「薬物乱用防止教室」など警察やダルクの方にお願いして、講話をいただいているところが多いのではないでしょうか。

ところで、どうしてこんなに薬物が蔓延しているのでしょうか、という本日はニワカ社会ガクシャとして、ちょっと書いてみたいものです。

多くの親は、自分の子どもに幸せになってもらいたいものです。幸せになってもらいたいからどうするかというと、次のようになります。

  1. 勉強が出来るようになって欲しい
  2. そのために、勉強が出来る環境を高いお金を出しても与えたい(塾や私立中学校)
  3. そして「いい」高校に入学してもらいたい
  4. そして「いい」大学に入学してもらいたい
  5. そして安定した職場に就職してもらいたい

こんなことを考えるのではないでしょうか。つまり、経済的な安定=幸せ、と考える親が多いのではないかなぁと思います。そんなことない、という人もいるかもしれないけど、高校選びで「偏差値1」にこだわる保護者(特に49と50,59と60の差は大きいみたいですね)も多いし、生徒も多いでしょう。子どもに対する教育費の高さは、「投資」として考えられるのも、その表れかもね。

でも、これが優先順位で高いほど、本当に「幸せ」なことなんでしょうか。経済的な安定は幸せの条件であるケースが多いかもしれないけど、それは幸せへの手段であって経済的豊かさ自体が目的ではないでしょう。

たとえば、小さいときからよく勉強をしていた子どもがいたとします。有名私立中学校に入り、高校へと進み、有名大学に入り、IT企業を興して、ナントカヒルズの住人になったして、本当にそれだけで幸せなのかな。自分の周りに集まってくる人は、自分という人間に対してではなく、自分の肩書きや立場に寄ってくる人だけだとしたら、どこかにむなしさって残りませんかね。もちろん、残らない人もいるでしょう。そういう人は、自分の信じる幸せを邁進すればよろしい。でも、どっかの高級マンションの一室で起きたお砂糖だかお塩だかの事件に有名人が絡んでいるとウワサされるのを聞いていると、むなしさを感じている人もいるのではないのだろうかな、と私は思います。

この話題をするときに思い出したのが「僕と彼女と彼女の生きる道」(主演・草彅剛)です。主人公が小さいときに、父親が入院すると多くの人が見舞いに訪れる。幼心に彼は「自分の父親は偉いんだなぁ」と誇りに思う。しかし、「現在」の父親は、入院しても誰も見舞いに来ないし、会社を退職するときにも誰も悲しんでくれない。
父親が若かりし日に見舞いに来たときの人は、父親という存在に対してきたのではなく、その付属物である会社の中の地位にやってきた。その証拠に、それがなくなった「現在」では、だれもやってこない。「付属物」のみが評価され、「本質」は評価されないとしたら、その上、自分のアイデンティティと信じてきたものが「付属物」であり、それに気づいてからも、自分が見つめてこようとしなかった「本質」とは一生、付き合っていかなければならない。

そのときに、自分の今までのことを見直して、またスタートをしなおす生き方もあるだろう。いつになっても人間は生まれ変われるからね。でも、いつまでたっても付属物にしがみつき、過去の「栄光」で天下りをする人たちは、中央省庁の人だけでもありますまい。どこかに、むなしさを感じないのだろうかなぁ。

社会(コミュニティ)でむなしさを感じないためには、責任を与えられ、社会(コミュニティ)に貢献出来ているという実感が必要になってくる。どんなにお金持ちになろうと、どんなに社会的に地位があがろうと、自分が社会とつながっていて、そこに貢献できているという思いなしには、ふと寂しさに包まれるときがある。だからウワサでは、あんなにお金持ちになった人までが、お塩かお砂糖か忘れたけど、その人たちと一緒にどっかの六本の木がある「丘(複数形)」で行動をともにしていたなんてことが、実しやかに話されるんじゃないかなぁ。(ホントかどうかは知らないけどね) もし本当だったとしたら、むなしさから逃れるためだったのではないかな。

さて、学校では何を生徒に伝えていくのだろうか。偏差値競争の先にあるものは、「本質」のアップなのか、「付属物」のアップなのか。勉強の本質とは、自分たちを成長させ、自分の世界を広げることであり、他者との比較の偏差値アップではないと感じるとしたら、それは偏っているのだろうかな。「むなしさ」に近いのはどちらだろうか。

薬物乱用の土壌と、それをさせないための教育が、一致しているといいね。

2009/08/01

高校英語への英単語!これで覚えよう♪

フレーズで覚える英単語の完成版をアップしました。

同じ場所に、日本語→英語の確認問題、英語→日本語の確認問題も出しておきます。いつものように透かしを入れてありますが、学校の先生へは透かしのないものをお送りします。ご希望の方は、右のaboutから、学校名とお名前を添えて、メールをお送り下さい。

  • 名詞+名詞 80(1~80)
  • 形容詞+名詞 320(81~400)
  • 動詞+名詞 240(401~640)
  • 句動詞 80(641~720)

となっています。特徴は次の通りです。

  • 同じ単語を2回使っていない。(同じ単語でも、品詞が異なる場合には別語としてカウント)
  • 720のフレーズで1400の単語・句動詞を覚えられる(句動詞40が自動詞タイプのため、このような数字になります)
  • 中学校6社の教科書のフレーズをピックアップし、そこから改編しました。ですから、データの基本は教科書です。

何度か書きましたが、中学校の単語集は、高校生用のタイプと全く違います。はっきり言えば、単語だけ出しているような単語集で覚えてたところで、定着するとは思えません。(だって、高校ではそんな単語集ないよ)

私は音声の版権を持っていませんのでここではアップロードできませんが、この音声版が欲しい人は、9月上旬に発売予定の「フレーズで覚える英単語」(文英堂)をご購入下さいな。

<追記>
 フレーズはA4、確認テストはB5で印刷できるようにしてあります。ご利用下さい。

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