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2009/05/31

記憶

 高校生の時、デル単で勉強していたのですが、「これって、日本語の順番で日本語を、英語の順番で英語を、覚えているのではないか」と思っていました。おそらく、そういう部分も少なくなかったでしょう。

 記憶がいかに曖昧であるか。おもしろい心理学の実験を教えてもらいましたので、興味のある方はご覧下さい。「これ、教えただろ!」というのも、もしかしたら、自分の思いこみかもしれませんよー(笑)。ちなみに、私は全然、分かりませんでしたsweat01

2009/05/30

it takes on a life of its own

 雨が続き、ちょっと憂鬱。暖かい日が続くと思いきや、こうやって寒い日がやってきます。人間の一生と同じなんだろうね、と下町の哲学者気分で連れ合いに語ると、無視される。まぁ、こんなものでしょう。
 昨日は、新任校での歓送迎会。文化祭関係の仕事が長引き、合流したのはほぼ、終了間際。

 さてさて、エゴグラムのお話。エゴグラムは、日本の全ての心理学会が、唯一その有効性を認めている心理テストです。50問の問いに、「はい・いいえ・どちらともいえない」で答えます。(できるだけ「どちらでもいえない」は答えない方がいい) この結果は、昨日に書いたように、「批評的な親」「養育的な親」「大人らしさ」「自由奔放な子ども」「従順な子ども」の5つのバランスとなって現れて、その人の状態を明らかにしていきます。自分の状態を把握した上で、自分の少ない部分をいかに高めていくか、という方策を考えながら、今後の行動のヒントとしていきます。
 ところが、「養育的な親」を高めようと行動をしたら、「批判的な親」が下がったり、「大人らしさ」をあげたら、「自由奔放な子ども」が下がったりと、総合点は変わらないことがその特徴です。総合的な数値は、自我状態というか、その人のもつ、エネルギーというか、それによって決定されます。(このエネルギーを高めるためには、今までとは違う方面に興味・関心を持って、行動するしかないとは、河合隼雄が書いていました)

 このエゴグラムは、クラス単位でも現れます。「元気のいいクラス」「体育祭で活躍するクラス」は、このエゴグラムの数値が高い(バランスではなく、総合点です)。その一方、落ち着いているクラスは、数値が低い傾向があります。クラスが元気になっていくことは、総合点が高まることだろうし、クラスがシーンとしていくのは、数値が低くなっていくことです。

 どこかを押さえつけようとしても、本人たちが納得していない限り、押さえつけられたパワーはその他に振り分けられるか、総合点が低くなっていくかのどちらかです。(ほとんどの場合、後者だろうね) 障子を破るなんて、そんな破廉恥な!!なんて、「自由奔放な子ども」を押さえつけても、「従順な子ども」になるとは、考えにくい。

 個人でも、クラスでも当てはまるのだから、これは学校でも、社会でも当てはまるのかもしれません。

 たとえば、学力向上をいうのは、それはそれで正しいことでしょうけど、進学クラスや一部の学校にだけパワーを振り分けるのと、生徒全体の学力の「底上げ」(この言葉も、どーもぴんと来ないし、イヤだけど、あえて使います。)を考えてみると、前者はエゴグラムのどこかの数値を高めようとすることであり、後者は総合点を高めることに似ていないでしょうか。
 現在の日本の教育は前者を目指し、フィンランドの教育は後者を目指しているような気がします。(比較・競争とは無縁 学習到達度「世界一」のフィンランド、朝日新聞)

 村上春樹氏のスピーチで、印象に残る部分があります。

  • Each of us is, more or less, an egg. Each of us is a unique, irreplaceable soul enclosed in a fragile shell. This is true of me, and it is true of each of you. And each of us, to a greater or lesser degree, is confronting a high, solid wall. The wall has a name: It is The System. The System is supposed to protect us, but sometimes it takes on a life of its own, and then it begins to kill us and cause us to kill others - coldly, efficiently, systematically.

卵であった人々が、システムに組み込まれていると、自らが卵であったことを忘れていくのはどうしてだろうか。狸は狸の子どもしか育てないように、「出来る側」がシステムを作り、take on a life of its ownをすることにより、システムを作り出していくのは、世の常なのだろうか。それを受け入れるかどうかが、清志郎になるのか、それともどっかの誰かさんになるのかの分かれ目かもしれないね。

  • Between a high, solid wall and an egg that breaks against it, I will always stand on the side of the egg. Yes, no matter how right the wall may be and how wrong the egg, I will stand with the egg. Someone else will have to decide what is right and what is wrong; perhaps time or history will decide.

村上スピーチのこの部分、いいですね。

2009/05/28

エネルギー量は変わらないのさ♪

 iPodでの授業開始。相も変わらず、取扱説明書を見ない性格が災いして、機器で戸惑いつつ授業を行っています。
 まずは、small talkで、本文と同じテーマである「プロメテ」というロボットのお話から。

 教科書の本文から、新出語句などを取り出し、コロケーションで提示し、意味を確認し、音読。音読が終わってから、英語→英語での対面リピートを経由して、1分ほど時間を与えた後に、英語→日本語、日本語→英語のちょっとしたレク大会。盛り上がりすぎて、隣のクラスからクレームあり。すみません、S先生。

  •  She looks just like any other woman.

この文のany otherを考えてみました。anyは「任意の1つ」という意味を与えてから、「普通の」という訳語を引っ張ってきました。その上で、「1語で置き換えるなら、どんな形容詞がある?」といい、まずは辞書を使わずに、グループで考えさせます。出尽くしたところで、和英辞典で、適切な語を探します。辞書を使わずに、averageやordinary、commonが出てきたのは、やはり基礎体力のある生徒たちですね。

 自分たちでプリントに、□や(    )や[      ]に分けた上で、要約をさせ、文法を自分たちでForestで確認させて、キーセンテンスを日本語にさせて、1時間目は終了。音読は0回、リスニングは4回。

 次の授業で、ざっと説明した上で、音読、対面リピートを経由して、スラッシュの単位で、日本語に訳していく作業。私が本文を読み、ポーズを取ったところで、生徒がその場で日本語にしていきます。例として、「dogs」「」、「cats」「猫!」 「I love Rintaro.」「」というお約束の反応をいただき、いざ本文へ。
 苦手な表現、何となく理解の表現の箇所になると、急にみんなの声が小さくなります。"She is a robot."「彼女はロボットです」という箇所は大きな声なのに、She appears to be an attractive young lady(.)では、なぜか皆さま控えめ、奥ゆかしい状態。「過去は振りかえない」ということで、戸惑っても先に進み、なんとか最後まで到達しました。
 その後、音読→Look up&Repeat。得意な生徒は一回で読む分量を多めにして、そうでない生徒は短めにしていきます。A young lady clerk in a smart bright yellow suitを1回で読んでもいいですし、2つに分けても構いません。意味の切れ目は、□や(   )を見ながら考えさせます。授業後に、

  • 自分では完璧だと思っていたところが、あまり理解できていないことが分かりました。

というねらい通りの反応が戻ってきて、ちょっとホッとする。読み飛ばしている(読み飛ばさないと先に進めない)部分=苦手な表現に重要な情報があったらこまるよね。
 そして、同時読みを3回(心の中、小さな声、普通の声)行い、シャドイングを2回。授業が終わった後、「体育でもないのに、疲れすぎ」という声もあり(笑)。

 大学予約奨学金の仕事も一段落。それにしても、日本学生支援機構のお役所仕事にも何度かカチンと来る。

 話は変わりエゴグラム。エゴグラムとは、もっとも信頼性が高いといわれている心理テストの1つで、人間の心を「批評的な親」「養育的な親」「大人らしさ」「自由奔放な子ども」「従順な子ども」の5つに分け、そのバランスを見ながら性格を診断していくテストです。(詳しくは、ググってね) 
 その結果を見て、自分のどこかを高めようと心がけると、他の部分が削られていきます。たとえば、「養育的な親」を高めようとすれば、「批評的な親」が低くなったり、「従順な子ども」をあげようとしたら、「自由奔放な子ども」が下がったりします。この「面積」にあたるものが、その人のパワーで、トータルではそのエネルギーは変わりません。

 この頃の学力論争を見たり、聞いたりしていると、どうしてもエゴグラムのこのことが気にかかります。続きは、また明日以降に。今日はこれにて、休みたいと思います。

2009/05/25

iPodの録音スピード

本日は代休。でも、午後から出張down

iPodを調べていると、スピードをコントロールする裏技があることを知りました。さっそく取り組んでみたのですが、ネットで紹介されているようになかなかいきません。iTunesのバージョンアップで「選択項目をAACに変換」というものがなくなり、「AACバージョンを作成」になってしまいます。で、作成したそのバージョンはどこに隠れてしまったのだろう??ということで、チンプンカンプンsweat01 その上、なんとかこれが作成されたソフトだろうと見つけ、拡張子のアルファベットをちょっと変え、iPod classicの設定を変えてみたのですけど、スピードに変化はないんじゃないか?(笑) つまり、、設定をどこかで間違えているみたいですね。

なんか、おもちゃを買ってもらった子どものようです。

昨日に購入した本も読了。多くの先生方がいろいろな場面でいっていることと、脳の専門家のいっていることが同じことがおもしろい。少し引用をします。

  • 自分から自発的にわからないことをはっきりさせ、それを自分で解決してゆかないかぎり、自分の能力にはならない(p. 195)
  • ちゃんとわかっていることがらは自分の言葉で説明することが出来ます。(p. 204)
  • 本当にわかったことは(中略)、様々な方法で伝えることが出来ます。(中略) わかっていないことはそうはゆきません。なんとなくあやふやになってしまいます。(p. 205)

 グループ学習の中で、お互いに教え合う機会を持つことは、生徒にとって知識を整理したり、じつはそのわかり方が「何となく」だったことに気づくというプラスの効果があります。

 脳にダメージを受けている人に、「眼鏡はどれですか」と5つの品物から選べといっても無理でも、「眼鏡をはずしてくれませんか」というと、たいていの場合、自分の眼鏡を外すそうです。それでも単語を単独で覚えさせますか?

 youtubeからのDLが来年から違法になる方向だとか。これからは、youtubeをDLして、それを授業を行ったとしても、あまり発表できなくなりますね。

another day

 第1回考査も終了。今まで「1学期中間考査」と十数年、自分の経験も含めると20数年も呼んできたので、ついつい「中間考査」という呼び方をしてしまい、生徒から突っ込みありsweat01 年をとっていくと、適応力に欠けるという証左か(って、大げさすぎるけど、実際にそうなんだろうな)

 平均点が70点近くになったらどうしようという恐れもあったけど、残念ながら杞憂に終わりました。「試験勉強はどうすればいいですか?」という質問が多かったので、「音読を500回!といいたいところだけど、他教科の勉強もあるので、その1/10である50回で勘弁しよう!」と伝えました。多少、点数の良かった生徒に聞くと、「十数回は読んだ」。そして、「音読を通じて、記憶に残っている箇所はスラスラと解けたけれど、曖昧だったところは解けなかった」という、至極当然の反応が返ってきました。考査明けの最初の授業では、音読の大切さを確認させたいものです。
 授業も、少し変更(改善?)していかないといけないかな。満点近く取るのではないかと期待していた生徒も、Because of の後にSVをつけてみたり、並べ替えが明後日の方向に行っていたりと、「ナントナク理解」の状態で、自分のことを「できる」と思っている部分があるのかなぁと勝手に判断。この「ナントナク」を「はっきりと」に変えて、それを内在化させるためには、やはり英文を精読して、十分に音読をさせないならないなぁ。その音読も、時間を授業中にとり、その効果について実感させないと、50回音読のモチベーションにならないかもしれない。細かい部分が苦手だから、"Reading"となっていないか、文法や読解が苦手だから"語彙"になっていないか、そんなことを考えているうちに、だったら夏休み前までは全員で"文法"を行っていこうという結論に。
 授業中に「生わかり」の状態にさせて、「分かる」状態に近づくための試行錯誤が続いていきます。

 「所変われば品変わる、習慣変わる、人間関係変わる」ものですが、前任校の方が「品」がそろっていた部分がありました。いちばん不自由を感じているCDラジカセも買おうかと思っていたところ、iPodに接続できるスピーカーがずいぶんと安くなっていることを発見。コンパクトであれば、多少、型オチでも全く関係ありません。ただ、リモコンがどうしても欲しい。
 リモコン付きのスピーカーで、1万円近くはするなぁと思っていたところ、型オチで5000円を切っているものを発見。しかも、連れ合いの財布の中から、なくなったと思っていたポイントカードも発見!結局、3000円程度で、スピーカーを買えることになったので、便利になりそうです。

 せっかくiPodを使うならば、youtubeの映像や音楽をiPodに入れることができないかと試行錯誤をしていると、ウイルス対策ソフトが警告を発するサイトの多さにとにかく驚きました。iPod youtubeで検索をかけて、その方法が書かれてあるサイトから、ソフトをDLしようとすると、とにかくウイルス、ウイルス(苦笑) これ、どうしてなんだろうか?
 ようやく、安全にファイルをDLして、変換する方法をみつけ、ようやく一息。ちなみに、落ち着くまでの所要時間は約3時間。なんだかなぁ。
 調べていくと、iPod専用のプロジェクターもあるのですね。近いうちに、調べてみようかな。ただ、授業で使用するまでの道のりは遠いか。

 「分かる」とはどういうことなのかなぁと何となく思っていたところ、ぴったりの題名の本があり、思わず衝動買い。

  • 山鳥重『「わかる」とはどういうことか』(ちくま新書、2002年)

亡くなった父のことを思い出しながら、ページを進めています。記憶障害を専門とする専門家の切り口がおもしろい。

2009/05/20

プロの言葉

 本日は、午後から休暇を取り、娘と某大学の歯学部に。自宅に戻る途中に、卒業生が店長をしているラーメン屋さんでつけ麺。調子に乗って300gも食べてしまい、ちょっと胃もたれがsweat01
 彼は元々、サラリーマンだったのですが、自分の将来を描こうとしたときに、上手に描くことができなかったというストレスを持っていました。その時に、出会ったのが現在のお店の系列店での求人案内。すぐさま会社を辞めて、ラーメンの道に入りました。ほとんど休みもなく、仕事も辛いのではないかと尋ねると、

  • たいへんはたいへんですけど、好きなことなので、苦痛にはなりません。

偉いよ、ホントに。高校時代にはあんなことも、こんなこともあったけど、それも全部ひっくるめて今の仕事をしているんだよね。

 小学校の定期診断で歯並びを指摘された娘と、病院で久しぶりにM先生と会う。約2年ぶりか。M先生の適切な治療のおかげで、歯科矯正をせずに済んだのだが、こうやって再び受診することになるとは思いませんでした。
 研修医の指導をしつつ、娘の口内を見て、「あまり心配することはありませんね。このままでも大丈夫です」といわれ、ちょっとホッとする。親心で、不安に思っていることを3点伺ったのですが、全て簡潔に、そしてはっきりとお答え下さり、感謝。その後、アイスの棒のようなものを持ってきて、娘に歯並びをよくするための指導を行っています。「この棒を、こんな風に使うんですか?」と驚いた顔でみる研修医に対して、

  • できるだけお金がかからない方法で、ベストの治療を選択しなければいけない

 すぐにあの教材、この教材と買わせることないようにしないといけませんね。あるものの、有効活用をすることが大切か。

 数日前のこと、右足の調子が悪い。張ったような感じがする。そこで、「かわせカイロプラクティック」の河瀬さんに連絡をすると、

  • 100円ショップにある麺棒に乗って下さい。1日10~20分。1~2週間で効果が出ないときには、来て下さい。

というありがたいアドバイスをいただく。彼と知り合って、10年以上がたちますが、あの誠実なお人柄は全く変わりません。
 実際にやってみると、3日目で効果が出て、1週間で違和感は全くなくなりました。プロってすごいね、ホントに。

振り返ってみて、本日のReadingの出来具合は、はたして自分がプロの仕事を行えたかという疑問あり。「医龍」風にいえば、「金持ちも貧乏人も両方を救う医療」のためには、何が必要か。「個人学力面積」よりも、「集団学力面積」を増やした方が、トータルで見ると効果が高いと思うんだけどなぁ。

ということで、本日も「教えて考えさせる授業」まで到達できませんでした。。。

4月以降の記事に対して、「これは、○○高校のことですか?」「あれは、私に対してのことですか?」という問い合わせがいくつかありましたが、全て違います。ブログに出すときには、実際のことはワザと脚色してありますし、具体的な事例についても、特定できるようなことはしません。ヘタは打ちたくないしね。

ちなみに、今回が500本目のブログ。今までよく書いてきたものです510本程度で終わることのないようにとは、考えていますが。。。

2009/05/19

自転車がやってきた

自転車がやってきた! 3月末から待っていた自転車がようやくやってきました。
ジャーンsign03
Bike



朝、印旛沼のサイクリングロードを10数キロ、走って職場まで。今までの古いなんちゃってマウンテンバイクとは段違いですね。今までとはスピードも違うし、乗り心地も違います。レーサータイプのバイクは、路面の影響をもろに受けるので、車で普段は何気なく走っている道も、舗装が悪いところがとても気になるものです。だから、少し遠回りをしてでも、サイクリングロードで少しでも距離を稼いだ方が、楽ですね。自転車に乗ってみて分かる、車の「横暴さ」か。LSD(Long Slow Distance)で、鹿児島とはいわないが、銚子までは往復してみたいな。

 自転車購入をサポートしてくれたS先生から、不登校の生徒の相談。的確なアドバイスができたか分からないけど、S先生が納得してくれたことに、少しばかりホッとしました。誰でも、そしてほとんどの状況でそうなのでしょうが、表面的な相手の反応が正しいとは限らないものです。だから、その反応の裏側にある部分を想像するためには、相手の反応や行動の目的を考えるのが、アドラー心理学。それなのに、自分にとって有利な反応は、それが100%本音であると考え、不利な場合には、裏があると想像するのは、人間に共通なのか、それとも教師にありがちなのか。

 生徒の話や、保護者の話、時には同級生の話をそのままの「情報」として正面から受け止めるだけでなく、その中から「主観」を取り去り、事実だけをリストアップすることで、実態に近づけることもあります。

 また、S先生には生徒への連絡についても、自分の体験談をふまえ、少しお話ししました。私の子どもが学校に行けないときがありました。その時、学校の先生から電話が毎朝、かかってきました。生徒児童の状況の把握や、登校を促すことは、悪いことではないものです、、、、教師サイドからの視点では。実際、私も自分の娘がそうなるまでは、電話を掛けて様子をうかがったり、話を聞いたりしていました。そして、それが教師の仕事だと信じて疑わなかったし、また生徒にとってプラスになっていると信じていました。ちなみに、娘の担任の先生はとても思いやりのある先生で、保護者としてはいい先生に巡り会えたと感謝しています。

 でも、家庭の視点では、これが迷惑になるときがあります。前日の夜は、「明日は学校に行けそう」という子どもの言葉(これは、その時の子どもの気持ちとしては、ウソではない)に期待を親は寄せているのに、実際に朝になると急に黙り込み、そして行けないという時に、家の中はシーンと冷たく、緊張感あふれる状態になります。その時に、学校から電話が来ると、責められている気持ちになるものです。(ちなみに、家内はこの電話が来ると、泣きたくなったといっていました) こんな時に、「今日の様子はいかがですか?」「(保護者に対して)欠席日数がだんだんと増えてきたので、学校に来られるようにご家庭でもお話をなさって下さい」なんて言われたら、よほどの図太い人でもない限り、心は傷つくだろうし、そのイライラは教師に対する不信感と変わってきます。
 かといって、1週間、2週間、全く連絡が来ないものも、見捨てられた気持ちになります。ワガママな感情かもしれませんけど、これは、実際に不登校の子どもを持った親なら持つ感覚です。

 S先生とは、不登校の生徒とつながりを取りやすい話題を何とか見つけ、試してみることにしました。うまくいくと、いいな。

 授業は定期考査のために、とりあえず一段落。試行錯誤の一ヶ月半だったけど、出汁は「教えて考えさせる」というスタイルに戻ってきました。授業は必ずしもよどみなく進むような、見ている人(生徒)が見入ってしまう(受け身で受ける)のではなくても、教師が教え、生徒がそれをもとに考え、内容を深めていくというスタイルでいいのではないかなぁというのが、自分の原点だな。受け身で受けるというのは、与えられたタスクをそのまま行うこともそれに含まれるでしょう。

 表面的な動きはなくても、頭の中で能動的に動いている場合もあります。その延長線上に、自分で考えることのできるようになることが、あるんじゃないかな。

 ところで、ココログではアクセスブロックはかけられるのでしょうか? ご存じの方がおられたら、教えて下さい。解析をしていて、特定のIPが気になります。勤務時間中にご覧いただくほど、価値があるブログではありませんので、そこのIPからブロックをかけたいものです。

2009/05/13

仲間がいるのさ~♪

本日は3時間の授業。

 Readingでは、1つのクラスでは、自学→音読大会。前の授業で、単語やだいたいの内容は確認したので、「語彙」「文法」「読解」とそれぞれの課題に分かれ、同じ文章で別々の学習。

 

語彙では、コロケーションを教科書から抜き出させ、分からない単語や不安な単語については、もう一度、辞書で学習。たとえば、global warmingでglobalが不安だったら、globalを辞書で引いて、the global economyやthink global, act local(ウィズダム英和辞典)といったコロケーションを抜き出して、覚えます。また、1回に1つ、基本動詞を提示して、その句動詞やフレーズを抜き出させ、動詞は(も)1語1訳ではないことを実感させ、とにかく語彙数を増やしましょうという課題です。

 文法は、いろいろと考えた末、予習プリントで与えたヒントを見ずに、□や(   ), [   ]を本文に書き込ませることに決定。これで、何となく理解→しっかり理解と認知を深めることを目的にしています。ちょっと考えて答えを提示されるよりも、さらっと提示されたことを、自分でまねることの難しさに気づきつつ、自分で最初から作れるようになって欲しいもの。
 そして、文法のターゲットの2文を、中学生の自分が理解するように説明を考えさせます。本日のメインディッシュは、分詞構文。何となく分かった気になっているんだけど、他者に説明するのは難しいという代表格の1つかな。

 読解では、まずは要約。要約というよりも、ほぼ全訳になっている生徒がほとんどなので、その文章のキーとなるものは何かを考えさせます。こういうときに、パラグラフリーディングを習っている生徒は、いわゆる「理想的なパラグラフ」であれば、上手に解いていくのですけど、主題文や指示文がバラバラなパラグラフ、うーん、そうだなぁ、あ!「実践的なパラグラフ」では、困ってしまうのですね。だから、テクニックではなく、基礎体力を大切にしていきましょう。
 「自分で作るQ&A」では、やってみると「Q」が一種の英作文になっていて、なかなか難儀しています。これからは、中学校の内容に立ち返ることも必要かな。

 そして、リスニングにコーラス読み、個人読み、重ね読みを経て、対面リピート。この、対面リピートが好評だなぁ。実際に行ってみると、生徒の能力の高さにも十分に気づきます。英文が分かっていないのかなぁと思っていた生徒で、対面リピートがスムーズにできた生徒もいました。どこかをほぐすことができれば、伸びそうだよね。

 一方、別のクラスでは、本日は学習内容の「紹介」時間。単語の確認をしてから、コロケーションの繰り返し、音読×2、対面リピート英語→英語を1セット行って、1分間で16のコロケーションを暗記させます。そして、英語→日本語、日本語→英語を5つ連続で答えられたら、そのペアは座って構わないという、競争心を煽りそうで、あまり煽っていない活動。その後、全体の説明を行い、残った時間で、語彙、文法、読解のプリントを行いました。

 ライティングは、ALTとのTT。アドリブでの活動が出てきたということが、徐々に新しい環境になれてきたことの証左なんだろうな。4コママンガのセリフを消して、そのセリフを生徒が作っていきました。「邪道」といわれるだろうかな、これだとsweat01

 この頃、自分の専門と化している奨学金の事務仕事をその後に。web上で、必要事項の入力を行います。この奨学金の仕事を行うと、ケンシロウの気持ちがよく分かるなぁ。
 それから、コンピュータの更新の事務仕事。数名の先生方を回り、連絡調整。で、PCルームの写真を撮影し、あとは自宅でプリントアウト。いちいちDPEに出さなくても、自宅のプリンターで写真を焼くことができるのは便利だなぁ。
 奨学金は、いろいろなケースがあるので、場合によっては日本学生支援機構に電話を掛けて、生徒に伝えることもあります。

 東京都の中学校の先生からの問い合わせ。□や(   )といったマークに興味を持って下さったので、無料ダウンロードコーナーの資料を先日送りました。英検のサイトの影響力は大きいですね。
 その関係で、「短文で覚える英単語1700」の解説書(1000部ほど残部あり)のお礼の電話をいただきました。

 来週からの試験に向けて、これから試験問題を作り上げないと。

2009/05/10

愛し合ってるかい?

 高校時代の同級生に、作曲家がいます。往年のアイドルから、今をときめくアイドルまで、おじさん世代にはみんな同じ顔に見える若者にかなりの曲を提供しています。高校時代の時のとある事件で、担任が匿ってくれたことがあったのですが、結局、表沙汰になったとき、最終的には、彼は匿ってくれませんでした。そのことを指して、

  • ロックじゃねーよな、あの先生は

と彼は言っていました。「ロック」という定義はいろいろとあるのでしょうけど、初志貫徹して、自分の利益のためにはぶれないというのが彼なりの「ロック」の定義なのでしょうか。

 自分が惹かれる生き方は、「ロック」の生き方をしている人です。今ごろ、「ベイベー」とシャウトをしているであろう忌野清志郎にしても、江頭2:50にしても、ぶれないよね。でも、自己中心的なぶれのなさではなく、他者というか、人間に対する愛情を感じるんだなぁ。。目の前に利益をぶら下げられて、それを食べてしまったがために、良さがなくなってしまった詩人もいたしなぁ。あ、そういう小説家もいくらでもいるかもね。

 授業は、しっくり感は出てきたのですが、がっちり感がなかなか現れません。これって、ストレスですね。10割の強さではなく、6,7割の強さで、いかに相手に手を渡すかが大切だという羽生善治名人(2勝目、おめでとうね。最後は逆転されたとヒヤヒヤしていました)の言葉が、がっちり感獲得のためにはヒントになる。

 英検3級といっても、65点を取っているわけではなく、40点かもしれません。準2級も、2級も同じ。100%の理解をしているとは限らない。となれば、次のステップに進んだとしても、その前の段階でマスターしていないことも多く、自分で学習する必要が出てくる。

 母校では、「第三教育」という「自分で自分を教育する」ということの大切さが言われていました。確かに、小テストもなかったし、学校で副教材を買うこともなかったな。生徒には「やらされている感」という雰囲気はなかった気がします。(実際、私はやってもいませんでしたがsweat01) 

 しっくり感は、相手の力に合わせて、スタイルを作っていけば、そんなに難しくなく、感じられる。
 がっちり感は、相手と組み合って、相手が自分で学んでいけるような援助をしていくときに感じる感覚。

 同じ学習にしても、「どうやってやらせたか」よりも、「どうやって自立的な学習者になったか」という違いは、プロレスと相撲、囲碁と将棋、クラシックギターとフォークギターのような差があるのかな。「分からないことをそのままにしない」という言葉を一人で歩かせるのではなく、「教えられて、それを自分で考え、それでも分からないときにはまずは自分で調べ、それでも分からなければ聞いてみて、分からないことをそのままにさせない」というような道のりを、まずは教えていくことが、必要だと思うんだけどなぁ。

 杜氏ではなく「工場長」が作った酒は、個性がないし、美味しくない。出羽桜は美味しいよね。

2009/05/06

ああすべきだった(should+have+過去分詞)

 この頃、児童虐待のニュースが多い。ニュースを聞いていて、胸が締め付けられるようなつらさというか、やりきれなさを感じる人も多いのでは? 私もその一人です。

 虐待については、その連鎖や家庭環境なども含めて、いろいろといわれていますが、私が気になるのは、「児童相談所への通報」と介入があれば、それで全てがうまくいくかという疑問です。もちろん、学校や児童相談所の介入がスタート地点として重要であることは、間違いありません。でも、本当にそれだけで解決までいくのでしょうか?

 児童相談所には、警察のような権限は与えられていません。その上、スタッフの人数も、圧倒的に少ないのが実情です。たとえば、児童相談所に虐待の通報があったとして、保護者から子どもを保護したとしても、ずっと児童相談所で養育することはできません。

 実際に通報があり、児童相談所が家庭訪問をしたとしましょう。よほどの緊急の事態でもない限り、その子どもを初めての訪問で保護することはできないのが実情です。
 聞き取り調査などを重ねているうちに、その家族が一家転住してしまったら、どうしましょうか? 確かにその場では虐待はなくなるかもしれませんが、次の場所で虐待は続いていることです。

 何が言いたいかというと、全てを児童相談所に任せるだけでは、解決しないということです。そして、その家庭を責めるだけでも、解決しないということです。その不条理さに対して怒りの感情が出てくることは私も同じことですが、誰かを責めるだけではなく、その虐待の背景なども含め、多面的なアプローチをしない限り、解決できないということです。

 もし、地域社会が受け止められないというのなら、児童相談所のスタッフを増やして、教育するという人員の確保をするしかありません。つまり、税という形で、行うしかないでしょう。増税を行わないというのであれば、税金の使い道を変えるしかないのかな。地域社会(地方自治体)は、教育と医療、そして福祉が大きな役割だと私は思うのですが、それ以外のテーマも含め、どのような優先順位がつけられているのでしょうか。
 「行革」でスリム化することも必要な部署もあるのかもしれませんが、スリム化できなかったり、肥大化させざるを得ないところもあるでしょう。

 ブログというオープンな場所で、書けないこともたくさんあります。どうか行間をお読み下さい。

 GWの間は、自分にとってのほどよい冷却期間でした。アイディアを「寝かせ」るという期間もまた必要ですね。
 あれもこれも、と欲張るうちに、50分が終わってしまう経験は誰にでもあるものだし、あれもこれも、と教えるうちに、生徒との間に溝が生じてくることは誰に出もあるもの(だとは思うんですけど、違うかな?)。解決のためには、一定の時間が必要だよなぁ。
 週末には、試行錯誤がアップできるといいなー。

 無料ダウンロードコーナーの、英語の教材も、ちょっとパワーアップしないといけないな。コロケーションでは3つほどミスがあるし、基礎教材でも1つのミスの訂正に比べ、分詞や接続詞、関係代名詞は入れておかないと、独学は難しいかも。

 リスタートのきっかけるにしたいと思っていたGWでしたけど、いろいろとショックなこともあり、脱力感で終わるかも。本日はお通夜。「解決すべき無理難題」を今まで与えてくれたFさんのご冥福をお祈りいたします。あなたからの疑問は、なかなか英語教師は意識化せずに授業を行っていることで、それが大きな問題だと話し合いの中で分かりました。そして、英語が専門でもないあなたが、数年も前に単語を覚えさせるのに、コロケーションスタイルを考え、実践していたことも、私には驚きでした。
 36歳は早すぎますね。

2009/05/03

合掌

忌野清志郎さんが亡くなりました。

彼の魅力に引きつけられたのは、年を重ねてからで、10代の時には彼の音楽を受け入れる感性が私にはありませんでした。あの有名な「ヒットスタジオ事件」をみたことがきっかけで、ザ・タイマーズを聞くようにはなりましたけど、元来、音楽自体にあまり興味のない私にとっては、それ以上の発展はありませんでした。

彼に深く興味を持つきっかけは、「ニュース23」のエンディングテーマが「ニュースを知りたい」がなり、「ニュース23」で「忌野清志郎的な生き方」という特集でした。こんな生き方をしている人がいるんだ!というその驚きと、敬意。タブーを恐れないで、自分の音楽や哲学を表現していく。こんな人がいるんだ、、、という驚きと憧れ。

宗教的になってしまうかもしれませんが、私たちの命は限りがあって、次の世代に何を渡し、何を伝えていくかという命題をずっと持っていたのかもしれません。その一方で、この世はフウイヌムの国でもなく、ヤフーの国でもなく、人間の国なので、矛盾を飲み込みながら、正しい判断が求められているんじゃないかな。ただ、その矛盾につけ込んで生きている人もいるのかもしれないね。それを、彼は批判したり、揶揄していたんじゃないかな。その一方で、人間に対する信用も持ち続けていた(気がする)。

「あの世には、お金は持っていけない」とはよくいわれます。だったら、お金がこの世で必要でないかといえば、そんなことはない。そのお金をどう使うかが大切になるだけでしょ。

同じように、知識や学力も持っていけない。それをどう使うかが大切になるのではないだろうか。お金は目的ではなく、手段であり、それが目的となったときに、「守銭奴」と呼ばれる。同じように、私たちにとって知識や学力は目的ではなく、手段であり、「守知識奴」になってはいけないと思うんだけどね。

忌野清志郎氏のご冥福をお祈りします。

合掌

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