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2008/10/29

マスコミの無責任

本日のブログは、誤解を与えるかもしれません。私をご存じの方は、どんな「思想」かはお分かりになっていただけると思いますが、今日は出来るだけニュートラルに書いてみます。

問題は、そう、神奈川県の入試の合否判定を巡っての、あのことです。

まぁ、まとめると、こんな風になるんでしょう。

  • 高校入試、茶髪・眉そりチェックし不合格 神奈川の県立(朝日)
  • 点数合格なのに「見た目」で不合格、神奈川県立高で22人(読売)
  • 神奈川県立高:服装、態度で22人不合格…平塚の神田高(毎日)

 これらを、記事にするということは、問題だと思っているからでしょう。だってね、問題にならないことは、記事には彼らはしませんから。例えば、「全教科0点で不合格、○○県立高校」とか、「試験の途中で、試験監督の制止を振り切って退室で不合格、△△県立高校で2名」とか、「昼休みに喫煙が見つかり不合格、××のYY高校」なんていう、見出しはありえないわけです。

 ということは、マスコミは、「これは事実を書いただけですよ」なーんて、きれい事をいったところで、「これは、問題として提起できるゼ」と思ってらっしゃる。「人を見た目で判断するような学校教育はなっとらん!」ってな具合でしょう。
 「人を見かけで判断している」のではなく、「入学試験に、そのような格好でやってきた」ことを問題にしていることが、分かっているんでしょ、マスコミ様は。でも、教員をバッシングしたいから、こういう言い方をして、それに便乗してくる、人たちが出てくる。あら、「ささやかな思考の足跡」も、そんな書き方しちゃっているよ。

 それに、マスコミは「見た目」と「TPOをわきまえること」を意図的に、ごっちゃにしている。では、では。新聞社の入社試験に、サンダルにTシャツで行っても、不利益ってないですか。入社式で、アロハ服にサングラスで行っても、問題ないですか? だって、見た目で判断することは、ニュースとして取り上げるんだから、問題なしか。でもさ、絶対にそんなことないでしょ。「ここを、どこだと思っているんだ!」と怒るでしょ。

 結婚式に、ジーンズで参列するという人とは、同じことばを持ちません。

 で、驚いたことに、この選抜方法を提案したと報道されている校長が、なぜか急に更迭。その理由について読売新聞は次のように報道。

これ、TPOをわきまえるという、しつけまで、選考基準として明示しなければならないのかなぁ、神奈川県は。たとえば、ヤンキーバイクの後ろに乗って学校に来たりとか、他の受験生に暴力はふるわないけど、ガンつけて、殴るふりをしようとしたりとか。。。そんなことまで、選考基準に書いてある学校なんてないでしょう。でも、これはOK??
 面接の時に、ズボンをズリ下げた格好でやってきて、ふんぞり返った態度で、「この学校なら、勉強しなくても入れるから、来たんだよぉ。別に、こーこーなんて、どーだっていいんだけどね」なんて言っても、選考基準になければいいのかい?

 一方ね、髪型とかなんだとか、その程度のことは、コントロールしていきたい部分もある。教員の仕事の1つに、裏切られること、という重要なものがある。まじめに、これは凹む。相手に対して真剣に接すれば接するほど、裏切られると凹みます。
 こういう人間関係を重ねることで、生徒との間に信頼関係が生まれてくる。言うことを聞かないから、「アウト!」というのでは、あまりにも物足りない。こういう生徒と話せるようになってくることが、担任の醍醐味だったり、喜びだったりと私は思っています。

 教育には時間がかかります。Aといえば、Bと反応がコンピュータのような早さで返ってくることなんてありません。
 人間のことなのですから、矛盾だらけです。その矛盾の中で、少しでも良い方向を考えています。TPOを知らなければ、1つ1つ教えていくことだってあります。言葉遣いだって教えることもあります。礼儀だって教えることもあります。
 だからこそ、時間もかかる作業なんです。そして、これは、数字では表せない。クリアーな評価基準なんてない。「生徒が自分を律することが出来て、TPOに従って行動できるようになった」ということは、素晴らしいことだけど、これを数字や評価基準で表すなんて無理でしょう。
 だったら、どーして、こんな無理なことを現場に押しつける? 「民間だったら」という民間神話で押しつけてくる?

 「民間だったら」という観点で考えれば、今回の合否判定はどんなもんだろう? 効率を教育に持ち込んだとしたら、生徒指導上、時間を費やす可能性の高い生徒を、入学させるんだろうか?

 こういうときに、「それを教育するのが、教師だろう」という偽善的な言い方はやめた方が良い。

 髪の毛が茶色いからと、何度も何度も生徒と話しをする。夏休み明けには、すっごい格好で学校に来ることもある。こんな時に、教師にどんな強制力があるか、ご存じでしょうか? ほとんどないんですよ。
 教師の手段は、「理解し合う」という、数字にも表れず、「えびでんとべーす」主義とは縁も遠い方法しかないんです。即効性などなく、時間もかかることなんです。卒業の時に、「迷惑かけてゴメンね、でも先生が担任で良かった」といってもらえるような、「相互理解」がもっとも教育的であった証拠なんです。

 県教委も、服装や態度など、学校では指導なんてしなくて良い!というのであれば、今回の対応は正しい。マスコミだって、どんな服装でも、入社試験日や入社式に来ても構わない、いや、積極的にそうしてほしい!というのであれば、今回の対応は正しい。

 でもね、少しでも「服装の乱れを学校で指導せよ」というのであれば、どこかに矛盾がないかい? 「乱れる可能性が高い生徒」を入り口で選択していたら、「学校で指導」される可能性は高くなる。しかし、教員には強制力はない。

 うーーん、私たちは神様なんだろうか??

 この矛盾がどこに歪みとなって現れるかは、担任です。担任には、色々なプレッシャーがかかってくる。「あの茶色い髪、どうにかしてよ」とか、「化粧をどうにかしてくれ」なんていう、プレッシャーがかかってくる。でも、担任は弁護士のような一面もあるから、「よく話しをして、なおさせるように頑張ります」といって、話し合いをしようとするしかない。でも、何度も言うように、これは即効性などない。

 これから、教員の「能力給」が本格化すれば、担任を希望する人は減ってくるんじゃないかな。だって、無理なことの歪みは担任にやってくるんだから。
 本来は、管理職や教育委員会は、こういう時に教師を守るべきなんだろうけど、今回の対応を見ていると、守ってはくれない可能性の方が高そう。まるで、校長が追いやられたように、何かあれば、処分対象にさえなるかもしれないね。

 その一方で、高校生の電車マナーを特集するのもマスコミでしょ。高校生のマナーがなっていない、とんでもない格好をしているって、「突撃取材」をして、わざとらしいナレーションで演出をするのも、マスコミでしょ。「すごい格好ですね」「なんなんでしょう、このマナーは」「わぁ、ひどい」っていう実況取材。これって、ほとんどマンガの世界だよね。
 「この程度をしたって大丈夫だ」という学習の成果は、プラスの結論を生み出さない。ダメなものはダメ!と壁となることも、大人の役割だろうにね。

 あ、そうそう、茶髪も、プロにかかれば、素人では判断できないほど、黒くなります。ピアスの穴だって、やっていなければ自然とふさがります。爪だって、切ることは簡単です。やろうと思えば、受験生はほとんどやれたんじゃないかなぁ。

 中学校では、「こんな格好で受験に行こう」という指導があるはずです。それを無視して、TPOをわきまえない格好で受験にやってくる。これでも、問題なはずなのに、「そのくらいいいじゃないのよぉ」と大マスコミがいうようであれば、その生徒の今後にとって良いのか、悪いのか。

 教育をダメにしたのは、日教組よりも、あなたちではないのだろうか? でも、「ペン」という権力を持っているから、責任を追及されることはないんだろうね。

(一部追記)
(一部、訂正と加筆)

2008/10/28

内省、そして課題越え

 推薦書と調査書、2通完成。ふぅ。大学によって、書く分量に差があるのね。Fさんの受験する大学は書かせるねぇ。まるで小論文みたいな分量を書きました。思うところがあり、一般的な推薦書とは全く異なる推薦文を書き、敬愛する国語科の同僚に見せる。すると、「いいですねぇ、これ。本来は、大学もこういう推薦文を求めているのでしょうね」というお褒めのことばをいただき、ちょっとだけ自画自賛(←これ、得意技です;笑)。

 内田樹ブログを見て、拍手を送りたい気持ちになる。

  • http://blog.tatsuru.com/2008/10/27_1055.php
  • http://blog.tatsuru.com/2008/10/26_1313.php
 

 教師が教師としての仕事が、経済危機の今だからこそ、見直されてもいいのではないのでしょうか。オバマ候補ではないけど、ボトムアップで学力向上を考えることが、全体の上昇につながるはずです。高校生にはマニアックともいえるような知識を要求したって仕方ないだろうに。成績上位校の教員は、自分の知識や生徒の意識が基準だとは思わず、成績下位の教員はあきらめず、英語教育を考えるしかないでしょう。

 子育てにお金がかかりすぎます。塾にかかる費用だってバカになりません。だいたいね、塾に行かなくても学力が保証できれば、どれだけ家計にプラスになることやら。ガソリン代どころの騒ぎでもないだろうに。

 ALTと、見せかけの会話ごっこをしたところで、学力がつくはずもないでしょう。もしね、そんなので学力がつくならば、今はなきNOVAに通っていた人は、ずいぶんと英語が出来るようになっただろうね。「生きた」英語に接すれば学力が上がるなら、海外旅行を1ヶ月でもしていれば、ずいぶんと英語が上がるんだろうね。

 でも、予習も復習もなく、会話だけを楽しんだって、単語力がアップしたり、難しい英文に取り組めたりなんてことはなかったのでは? もっと、地道な努力が必要なのでは?

 基本語句を身につけて、基本文法を身につけて、あとは、聞いて、読んで、音読して、筆写して、書いて、話すしかないんじゃないの?(この基本語句や基本文法の定義が難しいんだけどねぇ)
 ALTとの会話はきっかけであり、動機付けは「分かった」という感覚や達成感の方が高いのではないでしょうか。分かるようになったり、出来るようになったりすれば、そこに立ち向かう力がついてきます。地味でもいい。その授業に生徒が満足しているかどうかは、生徒の表情や授業に対する姿勢が、全て物語ってくれます。ALTとの授業も、きっかけで終わらずに、その先を考えねばいけないかな。「これ!」という

 

 Readingで本日から、新レッスン。難しいよぉ、ここは。1セクションを2時間で行おうと思っていたんだけど、無理だなぁ。2時間でリスニングと読解を行って、もう1時間は音読大会にするようにしないと。。。

  • I spent most of my waking hours flying above the ocean, waiting for fish to appear in the water below.

という文でずいぶんと、生徒は悩んでいました。原典と比較させながら、説明をして、なんとか分かってもらえたのがうれしいね。
 The Little Ternのテーマともいえるアイデンティティについての話しは、生徒には概ね好評でした。無意識と意識との力関係も不安定な思春期だからこそ、内面を見つめさせ、難しいことを乗り越える経験をさせる援助が必要なのではないのかな。

2008/10/27

運動会の主賓・大会の主賓

 この頃、朝が早い。というのも、ネコを飼い始めて1年になるのだけど、このネコが早起き。朝の5時前になると、ニャァ、ニャァと「餌をよこせ~」といってきます。いちばん早く起きるのが私だと思っているようです。どんなに寝坊をしたい朝でも、関係なく起こしてもらえるので、健康的やら、不健康やら(苦笑) 

 選挙が近いせいか、小学校の運動会には、政治家が来賓と来ていました。いやね、来賓として来るのは勝手なんだろうけど、最後までいないような来賓にどうして挨拶をさせるのかねぇ。保護者として、今度は学校に抗議しようかな。始まって1時間もしないで帰るような来賓なんて、いらないよね。最初の挨拶で帰るんだったら、来賓と書いて、選挙対策のために立場を利用してPRしに来ただけ、だろうに。

 なーんて思ったら、幼稚園の運動会にも来ているじゃないの! おい、なんだ、、これ。。

 子どもたちの運動会を見に来る保護者にとって、すぐに帰ってしまい、それを一緒に楽しんでくれるわけでもない来賓など、いりません。

 なーんて思ったら、連れ合いのソフトボール大会にも来ていた! しかも、ソフトボール協会の会長という職に与党の議員がついていることを初めて知った!「今日は、頑張って下さいね!」というのが会長としての本来の挨拶だろう。しかし、その選挙区から立候補する予定の与党議員を連れてきて、「この人に、投票をして下さい!」って、来賓挨拶じゃないよね、これじゃ。立場を利用した選挙活動のだけじゃないのかなぁ。
 あ、ソフトボール協会の会長と、小選挙区から立候補する与党議員とは、別々の政党です、念のため。

 案の定、周囲からの評判も悪かった。「あの人に入れないことにした」という主婦の声が多数あり。(というより、ほとんどの主婦の声!) 「アタシたちの大会なのにねぇ」

 本を整理していたら、探していた本をようやく発見! 探しているときには見つからないという、マーフィーの法則は健在!(って、古いなぁ) 

2008/10/25

エゴグラム(2)

 2クラスでエゴグラム。ウーン、クラスのキャラが出ているなぁ。。。

 授業終了後に、自分のエゴグラムを持ってきて、「診断して下さい!」という生徒が多数あり。ざっと話しをすると、その「診断」を聞いている友人から、「合っている! 合っている!」という明るい声と、本人のうれしそうな顔(笑) 人間は誰でも、自分を分かってもらいたいものだね、と改めて実感。
 話す内容も、生徒に合わせて、角度を変えました。(関係者もブログを見ているので、詳しくは書きません) 
 聞きに来る生徒には対応をしますが、来ない生徒には対応しません。必要があると思っても、本人がそう思わない限り、ことばは相手に入りませんから。
 次回に予定している、エリクソンのライフサイクルにつなげるためにも、「己を知る」は必要なことです。

 夜は、三省堂で霜崎實先生による、「クラウン総合英語」の学習会。霜崎先生が千葉県出身だと初めて知ったなぁ。何でもそうだけど、前向きに行っていると、「神の手」が伸びてくるのだと感じながら聞いていた前半でした。ただ、多くの高校生向けの英語の参考書がForestを意識しているように、これもやはり、という感じですね。

 後半の質問タイムでは、異邦人の感覚(笑)。俺みたいのが、ここにいていいのか?? そんな感覚でした。
 この異邦人の感覚は持ち続けたいなぁと思いながら、もしくは質問者は何がいいたいんだろうという、違う視点で発言というか、質問というか、体験というか、その人の知識というか、そんな角度でお話を聞く。皆さん、すごいねぇ。

 高校生のうち、大学に行くのは約50%。大学に進学する4割は推薦やAO。ほとんどのケースで、英語を問われる推薦やAOはないのだから、そう考えると、約70%の高校生は、進学のための試験を受けなくてすむわけです。

 また、実際の試験で英語は出るけれど、あまり学力を問われずに合格できる学校だって、実際に少なくない。
 「受験に対応できるか」という問いかけの中の「受験」とは、何を意味するのだろうかなぁ、とイヤミではなく、冷静に考えていました。その人にとっての「受験」とは、MARCHレベル以上のこと? 日東駒専レベル以上のこと? それ以外の「受験」は、「受験」じゃないのでしょうか。なーんて、いつものように邪気発散(笑) 

 あまりオープンにするのはよろしくないことを承知の上で、1つだけ。会の終わりの時に、交通費を渡されていました。これって、どうなんだろう。勉強しにきて、それを受け取るような人たちの神経が私には分かりません。また、交通費が出ないのなら、動員が出来ない企画だと三省堂も思うのであれば、開催するべきじゃないでしょ。それに、霜崎先生にも失礼です
 立場的に、「交通費を」というのは分かるけど、それを受け取る教員の浅はかさにもガックシ。勉強しに来て、お茶とお弁当が出され、しかも交通費まで受け取るなんて、教員としてというより、人としてどうなのよと思いますけど、何か? (ちなみに、出されたお弁当とお茶は美味しくいただきました) もちろん、お受け取りになっていない先生方もいらっしゃいましたので、付記しておきます。
 せっかく、霜崎先生のいい話を伺えたのに、「なんだかなぁ」という思い。残念でした。

 「中学校ピーナッツ」も、多くの先生方にお送りしています。ご希望の先生は、右側のaboutから、メールでご連絡を下さい。その際に、お名前を学校名も一緒にお願いします。これは、情報収集というよりも、一種のストッパーです。どうかご理解下さい。

2008/10/24

エゴグラム

 中間考査のテスト返し。答え合わせの時に、「テスト直し」のつもりか、自分が誤答した問題の記号や単語を、赤字で答案用紙に記入するものがほとんど。それが、どれだけ意味のないことかを伝えているのに、習慣は直らないねぇ。今回も、「なんちゃってテスト直し」をしているものが多数いたことに、がっくしdown

 気を取り直して、2学期の後半に向けての準備、準備。

 2学期の後半は、いちばん好きな課、"The Little Tern"。自分は何者であるのかという、アイデンティティの確立がテーマとなっています。そこで、「己を知る」ということで、エゴグラムを配布して、全員で行いました。
 「名前を書かないこと」「人に見せてもいいけど、人のは自分から見ないこと」「やりたくないものは、やらなくてもいい」という3つの約束をしました。

 ざっと見た感じ、Aが1年次よりも高くなっているね。やっぱり、大人になってきているんだなぁ。何となく感じていることは、正しいものでした。

 「なんとなく」ということで、進むことは、時には正しいときもあるけど、自分の中で事象を分析して、前に進むことが大人だよね。(授業でも同じで、「なんとなく」分かっただけで、絶対に定着しない。)

 あと、CPも思っていた以上に高いことに驚きsign01 これは、いいことだね。その一方で、NPは現状維持だったので、こちらは高値安定。こちらも、いいことです。(って、上から目線)

 満足できない環境にいると、自分の工夫ではなく、環境を嘆いてしまうことが大きいのか。環境を嘆いても、なんの解決にもなりはしないだろうに。
 千里の道も一歩から。その一歩を注意深く踏み出せば、二歩目、三歩目が自然と見えてくるのにね。
 一歩目が踏み出せないと、環境のせいにしたり、現状を肯定するのはなぜ? 内に秘めたるものは持っているだろうに。

2008/10/23

配布しています

 中間考査終了! 今回は試験問題を作ることはなかったので、気楽といえば気楽でしたけど、もどかしいといえば、もどかしい。日頃からコミュニケーションを取っている同僚とでも、ここまで教材観が違うのかなぁということが正直な感想。

 中学校版ピーナッツが完成しました(最終版ではないけど)。ご希望の学校の先生は、私までご連絡下さい。

 もしかしたら、商品化されるかもしれませんが、それが決定するまでは配布いたしますので、ご連絡下さい。(学校の先生に限ります)

 お金のあるなしで、学力に差がつくのは、残念なことです。どうやって単語数を増やすか、定着させるか、そんなことを考えて作りました。

 少し、疲れたので、今日はこれで寝ます。お休みなさいm(__)m 

2008/10/21

授業を「しのぐ」

 中間テスト初日。少し、のんびり仕事が出来ました。今のうちに、2学期の後半の準備を増やしておかないと。
 エリクソンのライフサイクルについて、まずは学習したいので、ノートを引っ張り出す。教育相談の基本に戻りたいときは、山王教育研究所で学んだこのノートが役に立つんだよね。

 教育相談の講座の中で、「しのぐ」という考えを聞いた。専門機関や専門家に「つなぐ」というのは、よく聞く話だけど、「しのぐ」ということばを聞いて、ホッとしました。あ、自分で、全てを引き受けなくてもいいんだなって。

 発達障がいだけでなく、鬱、PDなど医療的なことだけでなく、家庭のことや友人関係のことで、生徒は悩むことが多くあります。そういうときに、助けを求めて「先生、話を聞いて下さい」と来るだけでなく、雑談の中から深刻な話題になっていくこともあります。時には、こちらで支えきれないときもあります。(しかも、専門機関につなげないときさえある!)

 こういうときに、こちらの限界の時に、「しのぐ」と考えるだけで、肩からホッと力が抜けます。そう思うだけで、自分にとってのギリギリのラインが成長できる。教師はきまじめな人が多いから、「しのぐ」ことをしないで、限界まで進んでしまうのかなぁと思う。それが、病休の多さにつながっていると感じるんですよね、私は。

 

 英語の授業も同じこと。英語の苦手な生徒が多い学校(うーん、なんか名称ないかねぇ;苦笑)の先生と話しをしていると、多くの先生が辛い思いをしている。授業が成立するかどうかということで、まずは悩む。どうすればいいのって?
 次に、授業の成果。成立するようにコントロールできているけど、そこからどうやって力をつけるのって? 学習に取り組んでいる、生徒の努力に応えたいって思うようになる。

 でもね、どこかで「しのぐ」という間隔も持っていたい。「教師がそれでは、ダメだろ!」という正論なんてほっておきましょう。どんなに優れた医師だって、1回の診療で治せないことだってあります。どんなに優れた鍼灸師だって、1回の治療で腰痛など治せないでしょ。

 だからこそ、「しのぐ」けど、逃げのための「しのぐ」ではなく、前向きに「しのぐ」こともあり、だよね。
 私ですか? いやぁ、ブログには書いていないだけで、結構、「しのぐ」こと、多いですよsweat01 それにね、前にも書いたけど、ガツガツしているときは、downでしょー。適度に肩の力が抜けた方がupになるのに、特に若いときはガツガツしちゃうんだよねー。あ、もちろん、恋愛じゃなくて、授業についてですよhappy01

 その一方で、生徒の経済環境への配慮もある。closedされた会では、これが話題になる。進路決定の時の経済力の問題だけではなく、授業料の減免について、修学旅行費用について、さらには副教材の費用について、などなど、考えてしまう。(でも、携帯を生徒は持っているんだけどね~;苦笑) ホントに辛いのは、全体から見れば少数なんだけど、でもその少数を意識してしまうんです。

 昨日の、コロケーションの無料配布は、上のような理由で行いました。早速、メールを下さった数名の先生方には、お送りいたしました。
 拙著「短文で覚える英単語1700」のテスト問題のネット配布や、「Road34」の価格や、テスト問題のファイル配布などにこだわった理由は上のようなことでした。

2008/10/20

単語の覚え方(最終・無料配布のお知らせ)

先週、授業中のショックな出来事。

 encourageが授業で出てきたので、courageを提示して、その意味をESSのXさんに尋ねたところ、「・・・」。。。無言。 では、Yさんは? 「・・・分かりません」  Fさんは?「・・・出てこない」

 おい! そりゃねーだろsign03 小論文に熱中するあまり、英語の勉強は「単P」のみだったようです。あのさ、サプリメントは主食じゃないんだよ!とカツを入れました。本人たちも、courage(記録を見ると、1年生で学習している!)が分からなかったことがショックだったようで、「単P」だけではなく、リスニングと多読も復活させたようで、ともかくめでたし、めでたし、、、で、いいんだよな?

 さてさて、単語の覚え方の最終回。

 今回のテストでは、①「名詞(形容詞)+名詞」の組み合わせと、②「動詞+名詞」の組み合わせを分けました。本家「単P」では、これが分けられていなかったり、時にはSVの形であったりします。実際、一定の学力がある生徒にはいいでしょうが、ない生徒にはちと厳しい。例えば、、

  • a hungry lion(お腹の空いたライオン)
  • a short string(短い糸)
  • an atomic bomb(原子爆弾)
  • surf the Internet(インターネットをサーフィンする)
  • sing a song(歌を歌う)
  • visit my uncle(おじさんを訪ねる)

と①と②をバラバラに教えないと、混乱することがあります。これは、動詞がどんなものかが分からなかったり、名詞がどんなものかが分からなかったりするからです。

 こういう時こそ、多くの具体例を示しながら、説明するのが大切。そこで、①と②をそれぞれ、分けてみる。こうすれば、②を通じて、目的語という考え方が分かるという+αも生まれてきます。

 これ以外にも、become a teacher, look sleepyなど第2文型で使われるコロケーションは、それで分けます(③)。 第1文型の動詞は、副詞と一緒に覚えたり(walk slowly, run fast...)、前置詞と一緒に覚えたり(go to ~, agree with ~...)します(④)。 それ以外にも、句動詞も出来るだけ「~」を使わずに、具体例で提示(take over business, look for a shirt...)します(⑤)。

 授業で行った提示方法は次の通り。今回は①と②のみだったので、①→②に移行するときに、その意味の違いは伝えました。

  1. 単語の意味と発音の提示(7つ連続。生徒は、意味を書いたり、発音をカタカナで書いたりしていた)
  2. 音読練習(2回連続)
  3. 対面リピート

これだけで、1回5分程度です。

 中学校の教科書や入試問題などを参考にして、以上の①、②、⑤を作ったり、取り上げたりしてみました。現在のところ、合わせて700程度の「ピーナッツ」となります。これで覚えられる単語は、約1000。

 中学校・高校の先生に、この「ピーナッツ」をお渡しします。もちろん、無料です。

 ただ、次のことはお約束下さい。

  • ファイルは個人的な利用(学校のみの利用)にとどめる。
  • 他の人に転送はしない。

また、今までにご連絡をいただいたことのある方には、BCCでお送りするつもりです。もし、届かなかった場合には、ご連絡を下さい。

お! 羽生名人。竜王戦の初戦に勝ちましたね! フランスでの竜王戦なんて、ステキですねぇ。検討していたプロに「考えもつかなかった」といわせていました、今回も。

2008/10/19

単語の覚え方(2)

 二十数年ぶりに同級生と会う。懐かしいものですね。中学生の時に戻ったような気持ちになり、とにかく楽しい時間を過ごせました。

 いま、職人をしている彼から、彼の弟子について相談がありました。どうも理解できない、ということで、話しをしてくれました。どうも発達障がいの可能性があるのではないかな、と感じました。本来であれば、WISCをとらなければ、分かりません。でも、それが無理そうなので、「もし彼が発達障がいなら。。。」という前提で、いくつかアドバイス。
 発達障がいについては、現場の教員にとって大きな問題です。昔であれば、「ちょっとこだわりの強い子」、「ちょっと強情な子」といわれていたのでしょうが、こうやって名称を付けられることによって、その障がいに応じた援助が必要になります。ただ、教員が行うべき援助は増えても、そのサポートは十分とは言えないのが実情です。だいたい、少し前まで「発達障がい」ということばさえ、一般的ではありませんでした。それをすぐに、理解して、援助できるように、なんていうことは不可能です。(研修は大切だけど、研修地獄は辛いことだよねぇ)

 コンビニで買い物をしている小学生を、朝に見ました。彼は、父子家庭で、その父親も仕事で朝早く、夜遅い生活で、朝食と夕飯はコンビニでおにぎりやお弁当を買って、食べています。父親の転勤も少なくないため、転校を繰り返してもいます。

 授業改善のためには、事例検討がいちばん適していると私は思います。すぐにでも出来る方法なら、自分の授業をビデオで撮って、見返してみたり、同僚と議論をしたりすれば、ちょっとした問題は見えてきます。もう少し長い期間で考えれば、アクションリサーチで行っても、事例検討が出来ます。事例検討は、実際の生徒がそこにいて、実際の対応方法について考える手法です。

 スーパーバイザーがそこに存在するならば、多くの事例を持っており(自分も経験しており)、知識と経験が必要となります。教師という専門家集団のスーパーバイザーをするのであれば、そのスーパーバイザーは、より高度な知識と経験が必要になるでしょう。先ほどのような発達障がいの生徒がクラスにとけ込めないときに、どうやって授業を成立させていけばいいか、児童・生徒の環境のために、授業に集中できない。こういう時にはどういう援助が必要になるか。

 これは、授業だけではなく、授業以外での言葉かけや、話の聞き方、対処方法など、学校の中(時には内)で行わなければならないことです。(こんなこと言われなくても、現場の先生は、ご存じなことは、重々、承知の上です。)

 大学の先生方で、「英語教育」がご専門という方、どれほどこういうスーパーバイザーができるでしょうか。事例検討での、スーパーバイザーができる先生でなければ、現場の教師にとってふさわしい研修の講師などできますまい。(これは、断言)
 もし、それが分からないのであれば、積極的に現場に出ればいい。現場に出られなければ、現場の教師の話を、もっと真摯に聞けばいい。象牙の塔の中だけに存在する「英語教授法」について、竹林の清談をしているようでは、「英語教育」に進化など出来ないんじゃないかなぁ。(ポケモン風のことば使いでした)

 う、、、短くすまそうと思ったのに、長い。。。しかも、上から目線じゃないの! でも、ホンネだから、そのままにしておこう。ただね、誤解ないようにいえば、「こんなやり方もありますよ」という提案であれば、それは有意義だと思います。Readingだろうと、英語Ⅰだろうと、「こんなやり方」の中から、「これ、授業で応用できそうだな!」と思えるような刺激があれば、私たちもうれしいわけです。
 それなのに、上から目線で、「授業とは○○あるべき」なんてご高説を下さる方が多いから、こちらもムッとしてくる。マイクロティーチングを研修で行う人たちは、普通の公立学校で実践を行ってからにして欲しい、ということです。

 さてさて、本題はここから。

 単語の覚え方の続きです。本日は、学習を終えての生徒の感想です。

  • とても効率の良い勉強だと思う。
  • 単語のみで覚えるより、連語で覚えた方が簡単だった。
  • いろいんな単語を知ることが出来て良かった。
  • 知らない単語がたくさんあった。
  • 連語の方がどういう使い方(構成)をすればいいか分かるから良かった。やってて、楽しい。
  • すごく良かった。
  • 続けて覚えた方が、浮かんでくる。でも、単語をきっちり覚えることが出来ない
  • 連語だと覚えやすい。
  • スペルが分からない
  • 連語で覚えたら上達した。
  • 思ったより出来た\(^_^)/
  • 意外にためになる。
  • 一度に覚えられる限界だったからちょうどいい。
  • スペルは覚えられていないと思う
  • 難しい単語だと最初にいわれなかったので、ヘンに意識することなく取り組めたのが良かった。
  • 大学入試レベルの英単語だと聞いてびっくりした。(自分にも出来た!
  • 覚えやすかった。単語の意味とスペルの勉強が良くできると思った。
  • 連語は、案外難しくなかった。
  • だんだんと覚えられるようになった。
  • 英語があまり出来ない自分でも、この覚え方ならしっかりとやる気になり、短い時間、集中してやることが出来た。
  • このテストで自分の力が試せたのは良かった。もっと勉強すれば、満足できると思う。
  • プリントを配られた時は、「難しそう」と思いましたが、やってみると結構おもしろし、覚えやすかった
  • 単語を見れば意味は分かるが、その単語を書けるかどうかに不安がある。
  • 連語で覚えて、テストをしたら、やれば出来るんだということを知りました
  • これが、大学入試レベルだとはびっくりした!(英語が得意とはいえないが、テストではほぼ満点を取った生徒から)
  • 7つだったので、完璧に覚えてやるという気が出た
  • 連語の方が自分は覚えやすかった。

 赤字で示したように、「これなら出来る!」と思った生徒が多かったことが特徴です。授業に入るとき、連語クラスと、単語クラスとで、違いがありました。前者は、テストに備えて休み時間から勉強をしているのに、後者のクラスはあまり勉強をしていません。やはり、「自分にも出来る!」という達成感への期待は、人間にとって向上心を刺激してくれるのですね。

 また、少し出来るようになってくると、スペリングに対する不安感が出てきています(青文字)。 まずは英語→日本語、次に日本語→英語という順番がいいのではないかな。

試験の最後に、次のようなアンケートを生徒に行いました。<平均>

  1. 英単語を連語で覚えることは、簡単でしたか。(難しい1~簡単5) <3.1>
  2. 自分の成績は満足でしたか。(不満足1~満足5) <3.3>
  3. このような単語の覚え方なら、勉強しても良いと思いますか。(思わない1~思う5) <3.7>
  4. またテストがあるとしたら、単語のみと連語、どちらがいいですか。(1:単語のみ、2連語) <単語のみ:15名、  連語:86名>
  5. 7つという分量はいかがでしたか。<ちょうどいい:83名、多すぎる:11名、少なすぎる:1名>

 以上より、単語を単語だけで覚えるよりも、

  • 連語
  • 1回7つ
  • 英語→日本語を行ってから、日本語→英語

という方法の方が、覚え安だけではなく、生徒の動機付けにもプラスになるということが言えると思います。

次回は、具体的な提示方法について、書いていきます。 

2008/10/17

単語の覚え方(1)

 ふぅ、ようやく金曜日が来たよぉ。クリスチャンではないけど、TGIFとつぶやきたくもなりました。

 さてさて、2週間かけての単語テストが全クラス終わったので、その結果を書いていきます。詳しいデータなどを必要な学校の先生はご連絡を下さい。お送りします。

 テストは、『英単語ピーナッツ 銅メダルコース』を活用して行いました。名詞句と動詞+名詞のコロケーションを42セット取り上げました。テストは、英語の日本語訳で行いました。

<Aグループ>

  • 107名 
  • ピーナッツスタイル 
  • 1回につき7セットの和訳問題
  • 「名詞句」と「動詞+名詞」を分ける。
  • 配布するプリントは、ピーナッツスタイルで渡す。
  • 問題は、配布するプリントとは異なる順番で行う。
  • どちらかの単語があっている場合には、1点を与える。

<Bグループ>

  • 106名
  • 従来の単語集スタイル(1単語1訳)
  • 1回につき14個の和訳問題
  • ピーナッツを分解する
  • 配布するプリントは、1単語1訳スタイルで渡す。
  • 問題は、配布するプリントとは異なる順番で行う。
  • 1題1点

これを、それぞれ、6回行いました。

結論からいうと、
<Aグループ>

  • 平均点 12.2(正解率 87.1%)
  • 標準偏差 2.9

<Bグループ>

  • 平均点 9.3(正解率 66.4%)
  • 標準偏差 3.7

この数字だけ見ても、単語を1語1語で覚えることよりも、コロケーションで覚えた方が、学習者の努力に報いる数字となっています。

詳しいことは、次回のブログに。

2008/10/16

邪気満載

 一日中、推薦書。推薦書が合否にどれだけの影響があるかどうか分からないけど、3年間付き合ってきた生徒の「保証書」のようなものです。相手が見る見ないではなく、私たちの思いを

 専門学校の受験もピークを越え、早く受験を終えたものは合格通知を持ってきました。1人1人、進路が決定していくと、こちらもホッとします。その一方で、進路が決定した後に緊張感がなくならないようにという注意もしかないと。こちらは、中学校の先生と同じ事でしょうか。

 進路決定者が増えてきたことが、自分の中で精神的な余裕も生じてきたので、某雑誌を読む。そこで、感じたこと。次の中で、賛成できることはいくつありますか?

  • 教師は、勤務を早めに切り上げて、副業を持つべきである。
  • 教師は、できるだけ休暇を取るべきである。
  • 生徒が受ける授業時間は少なくすべきである。
  • 教師の休憩中は、児童生徒はそれを極力、邪魔しないようにすべきである。

他にもいくつか有りますが、この4つのいくつに賛成できるでしょうか? 1つも賛成できない人は、日本的な教師ですよね。一方、全部に賛成できる人は、フィンランド的な教師でしょう。

 その「某雑誌」では、フィンランドの実践が良い例としてあげられている記事がいくつか有りました。でもね、人口も日本の約5%、教育に対する文化も違う、社会的な背景も違うのに、フィンランドの実践の一部だけを取り上げるのは、あまり誉められたものだとは私には思えません。自分たちの論に自信があるならば、フィンランドの実践など持ち出さず、己の考えを押し通せばいいだけではないだろうか。

 芝居は、ステージの上だけで行われているのではありません。演出家がいて、脚本家がいて、裏方がいて、そしてステージを管理する人たちがいて、、と色々な人たちにサポートされ、芝居は作り上げられています。それと同じように、学校の授業も、教室という中だけで行われているのではなく、その生徒と担任との関係、学校(特に学年)の職員との関係、学校を取り巻く教育環境、社会的な背景など諸々の中で行われています。

 授業は授業(教科教育)の中だけで論じても限界がある、と私は思っています。生徒にも生活があり、イヤなこともあれば、うれしいこともある。高校生にもなれば、それまでの生育歴だって、大きな問題となることもある。だからこそ、学校は教科教育だけではなく、教育学(教育心理学)との融合が求められるものではないか。日本文化の中に根ざした教育が日本にはあるはずで、日本的な教育(右翼的な意味ではありません)があるのではないでしょうか。

 フィンランドの実践は、すごいと思います。でもね、フィンランドは、それを可能にする社会的な背景があることも事実で、現在の日本が参考にすら出来ないことだってあるわけです。自分の考え方と同じ方向の実践を取り上げることは、私にはどうしても馴染めません。(いままで、同じことをしてきたことはあったけど;笑)

 ちょっと話しがそれてしまったけど、「フィンランドでは○○」という授業の中だけのことをいうのではなく、それを可能にしている社会的背景に言及する必要もあるのではないだろうか。もし、それができないなら、フィンランドの実践を論拠としたり、モデルとはしない方がいいのではないか、なんて、思うのでした。

 柄にもなく、かなり「上から目線」で、イヤな思いをした人は、ごめんなさいね。お世話になった先生の記事にそれを感じたので、余計に残念でした。

 某雑誌は大修館の「英語教育」。特集は、教員免許更新制について。更新制については、是非があるのに、全てが「是」の記事というのは、よく考えれば前向きな特集ということになるのかな。ただ、日本の英語教育にとって中心的な出版社である大修館は、この更新制についてどう考えるのだろうか。JACETも同じ。

 うがった見方という非難を承知の上で申し上げれば、教師としての仕事のうち、どのくらいが「英語教師」としての仕事だと、両者はお考えか? もちろん、授業はしっかりと行っている自負はある。でもね、決してブログには書けないような仕事だって、たーくさん、あるわけですよ。そういうことに、どれだけの時間を費やしているのか、イメージしたことはあるのだろうか?

 そんな仕事がない恵まれた環境にいる先生方など、ごくごく少数。大修館にしても、JACETにしても、一部の著名な先生方に愛される同人誌への道を進むというのか?

 この作りだと、「みんな、教員免許更新制を、前向きに考えようよ!」という内容ですよね。確かに、現場の教員はそう思わなければやっていられません。でもね、雑誌で、そういう特集を組まれると、どうも感情的に受け付けない。

 マイクロティーチングというのであれば、生徒役の受講者がPSPで遊んでいたら、どのようなことばの投げかけをしますか。寝ている生徒に対しては、どのように投げかけをしますか。注意をしても無視されたら、どう対応しますか。暴言が返ってきたら、どう対応しますか。私なら、講師に是非ともそれを聞いてみたい。

 それもなく、「英語を勉強しよう」という理想的な生徒役を前にしてのマイクロティーチングなど、絵に描いたモチそのものではないか? 絵に描いた餅を食べろというのか? それとも、「すぐに実践できる方法を教師は学びたがる」という非難めいたことばを行間に詰め込むのか?

 現場の教師は、その瞬間瞬間で、高度な判断が求められる。その積み重ねの上に、生徒との信頼関係が出来上がる(でも、時には壊されるんだけどね;苦笑)。そして、授業が成立する。

 JACETからのアンケートにも書いたが、そんなに現場のことを知りたければ、3年ほど、現場で教壇に立ってみたらどうだろうか? 象牙の塔にいたって、現場など分かるまい。是非とも、公立学校での実践を重ねた上で、私たちに「こうすれば、生徒はいうことを聞き、勉強をする。そして学力が上がる」という具体例を提示してもらいたいものだ。

2008/10/11

理想は分かった。で、どうする?

 今日からの3連休は、専門学校の受験日ラッシュ。

 

 模擬面接を放課後に行っています。模擬面接は、試験の時に落ち着いて面接に望めるようにするための練習という役割もありますけど、質問によっては、生徒が自分の内面と対話をするチャンスです。
 福祉(お年寄りの介護)志望のJさんに、「どのような介護がしたいか」と尋ねると、「相手の立場に立てるような介護をしたい」という答え。「相手の立場に立つには、どうすればいい?」、「「お年寄りになったことがないのに、相手の立場に立つにはどうすればいい?」というと、考え込んで黙ってしまう。その後、わざと面接を止めて、一緒に考えていきます。生徒にとっては「面接の練習」かもしれませんが、練習以上の意味を持っています。
 こういうことは、大学ではまず教えてもらえないものです。私も尊敬する先輩教員から教わりました。身を沈めて分かることですね、こういうことは。現場でしか学べない技術です。

 英語の授業は、低調になってきたなぁ。言語としての英語の授業ではこれではいけないのだろうけど、この低調さをあえて、受け入れて、より現実に即した授業と考え、「裏テーマ」を中心に授業を進めています。
 テーマによっては、英語の授業で裏テーマを中心に行うことで、生徒の心に届くことがあります。ちょうど、面接の練習が、面接練習そのもので終わらないことと同じように。

 現在、The Silk Roadが題材となっているので、文化の交流がテーマとなっています。ただ、それをテーマとするのではなく、異文化理解から、他者理解について、話を進めてみました。「理解」とは、「自分も同じようにすること」ではなく、それが反社会的でない限り、その文化固有のものとして、「なるほどな」と思うこと、という定義で話を進めました。
 そのためには、自分たちが日本文化に住んでいるということ自覚する必要があります。そこで、昔話を登場させて、日本の文化について考えています。
 中間考査以降に学習する、The Little Ternが私の中では、いちばんのメッセージ性を持った課です。ここでは、自分たちのアイデンティティを考えさせたいので、そのための準備という一面もあります。

 単語テストも、だいたい終わってきました。うーん、ここまで差が出るかなぁという内容。英語力にガツガツしなくても構わない生徒が大部分のいまだからこそ出来ることでした。同じことを、1年次には出来ません。
 実験群と統制群、それぞれ100名以上の「実験」ですが、単語は単語だけで覚えても、定着しないということが、よく分かりました。あと、いままでブログには書いていなかったコツもありました。来年度、新1年生には手作りの単語集でも配布してみようかな。

 「同じ単語集を何周も行え!」とは、英語教師からよく聞かれることばですが、行えない生徒をどれだけ少なくするか、そんな工夫が教材には必要です。それこそ、The Silk Roadのテーマである「文化の発展」ならぬ、「教材の発展」を出版社や制作者は考えた方がいいんじゃないかなぁ。

 厳しい言い方をすれば、いつまでたっても単語の入れ替えや例文の入れ替えだけで新刊を出したって、意味は少ないのでは? 学習者にとって、コーパスを使おうが、何を使おうが、単語や句動詞を覚えることがいちばんの目的です。「明日の食事」よりも「今日の食事」の方が大切です。能書きよりも、覚えられる単語集がほしいと思うのが道理でしょ。何度も書いているように、分からなければ、面白くない。つまり、面白さを提示したって、分からなければ、意味がないと同じことなんです。
 これが分からない研究者は、普通の学校で教えた方がいい。自転車に乗れない人に、その自転車のギアの良さを説明したって、受け入れてはもらえません。フレームのこだわりを伝えたって、「それで?」でお終いです。

 「これが入試に出るぞー」という「大切」な単語を順番に提示させるよりも、一冊を最後まで行わせるような工夫が見られない単語集が多い。「学習者の多くはここまでは到達しないなぁ」と著者や出版社が考えるなら、こんな無責任な話はありません。

 英語教育を深化させていくことももちろん必要だけれども、間口と幅を広げていくこと必要ではないかな。

2008/10/08

国会でも携帯、学校では・・・?

携帯電話の持ち込みについて、

で、文部科学省の考え方について、疑問を投げかけました。ただ、携帯電話の使い方について、何か対応の必要があるという共通点はあるとは思っていたのですが、次の記事を見て、教師は授業中に携帯を使っている生徒に、どんな言葉を投げかければいいのか、と思ってしまいました。

ちなみに、読売と日経には、今のところサイトには記事はありませんでした。

 ブログに政治のことを書くことは、極力控えています。でもね、与謝野大臣には期待をしていたし、こういうことをする人だとは思っていなかっただけに、残念です。

2008/10/07

お願い

進路の件が忙しくなってきたので、ブログの更新のペースが遅れそうです。(これ以上遅れても、忘れないでくださいねsweat01

お願いがあります。

 コメントを下さるときには、必ず正しいメールアドレスをお入れ下さい。フリーメールのアドレスは、非公開の対象にしております。また、TBやTB的なものも、ご遠慮下さい。こちらも、非公開の対象です。

 次に、資料の請求についてです。学校の先生に対しては、持っている資料は無償で、お渡しする用意があります。ただ、その際には学校名とフルネームをお書き添え下さい。何もなく、「○○をください。田中」というようなメールがいくつかありまして、正直、驚いています。

 なお、拙著に関わるプリントなどは、文英堂までご連絡を下さい。私の持っているものと、文英堂で配布するテスト問題は、同じものです。

 ブログは私が個人の立場で、行っております。仕事で行っているわけではありません。皆さまと同じ立場の個人が行っていますので、どうかご了承下さい。

2008/10/06

コミュニケーション能力

ひょんなことから聞いた話。

知人のX氏の御尊父が先月、他界されました。彼は、父親とは二十歳過ぎの時から絶縁状態で、棺の中にいる父親の姿を見て、複雑な思いがあったようです。

「小さいときは、ずいぶんと遊んでもらったり、可愛がってもらったのに、どうしてこんな絶縁状態になったんだろう」というX氏。父親が、『俺の葬儀には、あいつだけは呼ぶな』という最期の言葉がずいぶんと彼の心に傷を残しました。

「俺が、二十歳過ぎの時に、天狗になっていた時代があった。それを諫めようと父親はしたんだけど、その諫め方が、親子間の感情のもつれというか、なんというか。。。」

「でもね、1つ分かることがある。これだけ、こじれたきっかけは、会話がなくなったこと。ケンカしてでも何でも、会話を保ち続ければ、こんな風にはならなかった」

ビールと共に、自分自身との会話が進んでいくX氏。

 アウンの呼吸の日本文化では、「相手は分かってくれる」とう文化があることは、誰しも疑いようのないことです。「忖度」という単語もあるほどだしね。

 だからこそ、「相手が分かってくれなかった」ときの対処方法のスキルを育てるチャンスが少ないというか、そういう状況で対処が出来なくなる。相手との温度差が広がれば広がるほど、さらにコミュニケーションが難しくなる。

 「言いたいことをいいなさい」と正論を言われても、日本文化の中で、言いたいことをいうことなど、難儀なことです。

 もちろん、フランクなコミュニケーションは楽しいことかもしれない。でもね、日本文化の中で生きている私たちにとっては、

  • いいたいことを、適切なかたちで、どのように伝えるか。
  • 相手との関係がこじれそうになったときに、どうコミュニケーションを回復させるか

ということの方が大切なことでは? 英語だからこそ、素直に伝えられたり、素直に関係を回復させられたり、することが可能だと思うんですが。。。

 これこそ、ディベート以上に多くの人にとって必要な実践的なコミュニケーション能力だと私には感じられます。

 こういう苦しみを実感できない人は、本当のコミュニケーションスキルを持たない限り、よほどの恥知らずか、よほどの権力的な人でしょう(自己愛性パーソナリティ障害もそうかな?)。

 コミュニケーション能力という言葉の後ろにある、哲学というか、思想をいま一度、見つめ直してみたいものです。

2008/10/01

学習者の視点って何よ?

 もう10月。早いな。年齢を重ねれば重ねるほど、時間の進みは早く感じるというけど、30代最後の1年はすぐに終わりそうな予感。シソジのハードルは、あまり高くなさそうですsweat01

 単語テストは、ちょっと面白い発見。名詞のグループは□でくくるクセが付いているからか、名詞句で覚えることはあまりハードルは高くないけど、コロケーションとなると、勝手が違うようです。やっぱり、ピーナッツ型の単語集では、フレーズとコロケーションとは、分けた方がいいでしょうね。それと、コロケーションは、takeやhaveを使うコロケーションを、最初の段階ではしつこいほどに取り入れた方がいい。それにより、感覚というか、回路というか、コロケーションを受け入れられるようになるかな。もちろん、想定しているのがセンター試験で平均点以上をとる学習者であれば問題ないだろうけど、初学者(レベル)には、フレーズとコロケーションとがごちゃ混ぜになっているものは、こちらが思っている以上に難しいようです。
 知らない単語は、生徒はカタカナをふる傾向があります。(こんな「指導」は全くしていません) カタカナは、難しい問題をはらんでいます。確かに、「発音記号を教えればいい」というのは正論ですが、あくまでも正論に過ぎない状況があります。(山登りで、リフトを使って登るのか、それとも使わないで登るのか、そういう違いしか生徒は持ちませんから)

 発音するために、必要に応じてカタカナで導入してから、カタカナから離れていくような作業をしたいものです。そう考えると、カタカナは赤シートで消えるように、赤色にした方がいいのかな。

 冬樹 蛉さんから教えていただいたサイトによると、今の子どもはいわゆる「デジタル・ネイティブ」の世代という見方があるらしい。これは、英語学習でも同じこと。私の時代は、「ウォークマン」が流行っていた時代で、テープを使って英語を学習していました。この時は、ダビング機が必要だったり、ダビング用のデッキが必要だったり、今よりもお手軽感はなかったものです。
 でも、今の生徒は、携帯で音楽を聴いています。おそらく、何かを聞くということは、中年世代よりも抵抗感は少ないはずです。カタカナで導入して、CDで音声を確認させ、カタカナから離脱させていく、そんな道のりもあってもいいのだろうなぁと思います。(発音記号の学習を否定しているわけではありません)

 「学習者の視点に立って」という人も多いし、確かに、その視点で考えることは大切なことです。しかし、その視点に立っていると思っているのが、実はその視点から離れていることが少なくありません。
 自戒の念も込めて、立っているつもりにはならない方がいいし、立っていると思ったときには自分の位置を常に確認した方がいいでしょう。

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