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2008/08/31

建て前と現実と、リメディアルの必要性

 長期休業中恒例の兄貴との飲み会。体育教師である兄貴(血のつながりはないですよ)からは、いつも多くのヒントをもらえます。専門の競技の王道を通ってきたわけではないので、王道を通ってきた人が考えもつかないような作戦を考え出します。そうでもなければ、身長が180cm以上が1人しかおらず、160cm台が2人いるバレーボールチームで、関東大会にいけるはずがないですから。もちろん、普通の公立学校です。

 「全日本のチームが俺の作戦と同じことを始めた」とは、不遜に思えるかもしれないけど、兄貴のチームでは、全日本が1年前に取り入れた作戦を、もっと前から取り入れていたようです。クイックで、おとりを2枚とばせて、バックアタック。(といっていたような気がするsweat01) 酔っぱらっていたので、よく覚えていないのですがcoldsweats01

 野球の作戦にしても、「345番に良い打者をおくのではなく、147番におきたいね。そうすれば、どの回でも得点のチャンスがあるだろ」という彼の話は、さらに興味深い。強いチームが横綱のように勝つのも方法かもしれませんけど、専門外だからこそ見えることもあるのですよね。

 同じように、英語の学習シラバスも、そのようなものがあっても良いのではないかなぁと思います。

  • 外国語を通じて,言語や文化に対する理解を深め,積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り,聞くことや話すことなどの実践的コミュニケーション能力の基礎を養う。(学習指導要領 第1 目的より)

 教科書や教材を作っている人は、基本的には英語の王道を歩んでいる人です。そういう人が作るものは、綿密に考えられていて、それなりに評価できるものも多くあります。だから、学習指導要領の目的は、そういう人たちの常識では、ごくごく普通のことなのです。
 一方、英語は苦手だという人から、大学入試(高校入試)を英語学習の最終目的にしている人にとって、この「目的」はどのような意味を持っているのでしょうか? 「
それを教えるのが教師だろう」という偽善に満ちた、建て前の話はやめましょうよ。だいたい、自分の価値観の押しつけと変わらなくなってしまいます。
 もし、そんな指導方法があるなら、日本の英語教育はもっと革命的な進歩を遂げていたのだろうけど、逆に下がっているというのはどういうことなのでしょうか?

 結局、何度もこのブログで書いているように、分からなければ面白くない。その面白くなさを経験したこともなく、共感したこともなく、王道を歩んできた人にとっての理論、、そう、誰も批判しようのない目的を振りかざしたところで、人間の心は動かされないということを理解できない人が、どうして専門家には多いのかなぁ。(ちょっと長い1文になりすぎたね)
 
 教室という空間が、生徒と教師とが同じ目的を持つことが理想だとしたら、教師側が学習指導要領を目的として、生徒が大学入試を目的としている状態はいかがなもんでしょうか? 
 高校(大学)入試で、言語や文化の理解度の問題はまず出ないだろうし、コミュニケーションを図ろうとする態度も問われない。聞くことはせいぜい2割。話すことや、実践的コミュニケーション能力にいたっては、問われることもない。
 私も、この学習指導要領の言わんとしていることをその通りだと思います、念のため。でもね、そこを突き抜けるものは、英語の教師だけでは、解決できないことが多くあるということです。

 だからこそ、リメディアル教材が必要になってくる。「これじゃまずいなぁ」と思ったときに、自分で学べるような教材があるといいな。いま多く発売されている教材も、分かる人にとっては「分かりやすい」のですが、分からない人には「分からない」ことが、分かる人にはなかなか理解できない。

 中学校3年生になったときに、チンプンカンプンの状態で、通信教育をはじめても、中学校3年生のことは分かるはずもありません。
 結局分からなくて、個別指導の塾に行く。でも、同じように中学校3年生からの教材を利用しても、分からない。(教務面が強い個別指導なんてだいたいあるのだろうか?) 何十万ものお金を遣っても、結局、学力など伸びない。定期考査の点数という「見せかけ」は伸びるけど、実力テストまではなかなか伸びない。
 
 「やっぱり自分は出来ないんだよなぁ」という思いを持っているために、英語学習には消極的になる。 最終的に、英語が苦手なことを払拭できず、高校に入学する。そして、分かることなく、卒業していってしまい、もちろん大学進学を希望するときには、小論文と面接だけで受験できる推薦やAOだけを狙いになります。

 ホントに、これで良いのでしょうか。少し考えていることがあるので、ある場所での企画がNGになったら、ブログでアップして、中学生や高校1年生が自由に使えるようにしたいとは思っています。コピー禁止の透かしを入れて、プロテクトをかけたpdfでのアップにします。ただ、問題は音声なんだよねぇ。

2008/08/27

失敗したこと

 大学・短大のAOの準備真っ盛り。3年前よりも、AOが一般的になっているのだという実感があります。私たちのクラスでは、9月13日にAO入試が集中していて、6名がエントリー予定。志望理由書や自己PR書類などを準備させ、自分で書くことによって、志願理由をもう一度意識させています。AO入試が、現代版の綴り方教室か。

 そんな中、某社の方が来室。先日、神奈川のサマーワークショップまでお見えになったHさんがエリア移動になるということです。せっかくお知り合いになれたのに残念ですが、次の担当の方も聡明そうで、新しい出会いに期待しています。

 そのサマーワークショップの感想をいただいたところ、「発表以外の実践例や、もしくはうまくいかなかった例は何かありますか」。正直、ハッとしました。「昔の気持ち」を忘れていたことを自戒。
 講師役はどうしても「成功例」のみを発表する傾向があるのでは? 教育相談にしても、英語教育にしても、研修会に参加し始めたころには、そういう傾向に胡散臭さを感じていたものです。「こうやったら、うまくいった」といっても、全ての生徒にとってプラスだったのではなく、「うまくいった生徒がいた」に過ぎず、その割合が多少、多かったに過ぎないだけではないか、と思っていました。(実際に、そうだったのだろうけど)

 でも、自分が話す立場になったときに、成功した事例しか言わないことは、マイナスですよね。もし、成功事例が全てであれば、日本の教育界を変えるようなシステムです。以前にブログでも書いた、「成績保証」をうたっている一部のトンデモ塾とこれじゃ同じだよな。(近いうちに、「お勧めできる塾-英語編-」でも書いてみようかな♪)

 さて、失敗事例に共通することは、次の通り。

  • 高校生としてのプライドを傷つける指導

もちろん、それに耐えうるだけに人間関係が出来ていれば、大丈夫です。同じ行為でもプライドを傷つけるかどうかは、その人との人間関係が大きな要素ですから。研修にでて、「これ使える!」と思って実践にいかしても、その実践に耐えうることの出来ない人間関係しかなければ、無理なのです。

 私の失敗したことは、

  • ビンゴゲーム(発展性がなかった)
  • 私のギター演奏で、みんなで英語の歌を歌おう!
  • 指で作ろう、アルファベット♪

などなど、いくらでもあります。また、こちらが楽をしようと思って、文法を教えるときもこれまた、失敗します。教員の成長は、「医龍」に出てくる伊集院君の成長に似ているものがあるのでしょうね。
 他にもHさんとの話題があったのですが、自分の中で考えたいので、そちらはまたいつかの機会に。

2008/08/21

塵も積もれば。。。

400本目のエントリー。
「塵も積もれば山となる」とはいいますが、400本も書いてきたのですね。自分でも驚いています。

 先日の、神奈川のサマーワークショップも無事に終了。DVDを焼けなかったのですが、自分のPCを持っていけば良いだけなので、なんとか行うことが出来ました。
 内容は、教育相談的な内容に始まり、その延長線上に授業を作り上げていくということです。「カウンセリングマインド」を授業にも取り入れることによって、生徒の英語的な成長をサポートしていくという視点でお話をさせていただきました。
 「学習能力=地頭の良さ×学習スキル」と考えたときに、授業の中で出来ることは「学習スキル」をいかに伸ばしていくことかではないでしょうか。しかし、相手は必ずしも、学習スキルを伸ばしたいと思ってはいません(というより、関心がないケースが多いですよね
sweat01) 
 そういう気持ちを否定するのではなく、それを受け入れた上で、学習スキルを身につける援助をすれば、力は結果的についていくんですけど。。。
 「『援助』なんて甘やかすな!」ということをいう人もいましたが、そういう人は自分のからから抜け出すことが出来ず、学習者としての生徒との間には隙間が出来ることはないのかなぁ。で、最終的に、「教えてもムダだよ」という厭世的な気持ちになりはしないのだろうかなぁ。

 相変わらずのパワーポイントの「ワープロ使用」(笑)という、謙遜ではなく拙い発表だったのにもかかわらず、食後かつ、エアコンの心地よさだったのにも関わらず、オウディエンスの方が誰1人眠ることなく、こちらを向いていてくださったことに心から感謝します。ありがとうございました。
 また、当日の資料等に興味をお持ちの方がおられましたら、ご連絡を下さい。パワーポイントなどのファイルでお送りいたします。

 とある野球部の合宿では、一部の生徒から一泊二日の遠征で20万円も取ると聞き、私は驚いてしまいました。「一部の生徒」とは、ベンチ入りできるかどうかギリギリの生徒だそうです。言い方は悪いかもしれませんが、一種の「脅し」ですよね。自分を振り返っても、親ってそんなものです。
 同じように、生徒や保護者の不安感につけ込む形で、「夏期講習」で、必要以上にお金を遣わせようとする人たちもおります。また、そういう人たちをヨイショするマスコミもいて、日本の教育はどーなっていくのだろうか、という不安もあります。だからこそ、学習についていけない生徒も大切にする取り組みが、学校で行われた方がいいのではないかなぁ。

 とはいえ、先生方も部活あり、面談あり、校務分掌に加えて、これからは免許を更新しろとか、目標を申告しろとか、今までの仕事の量が減らない上に、さらに「雑用」(あえて、こう言い切ります)が増えていくという妙な状況になっています。
 だからこそ、プリントアウトしてそのまま使え、生徒の学力がついていくような教材が作りたいですね。

2008/08/14

夏休み終了

 本日はビデオ編集三昧。19日の発表用のDVDを作るために、「ビデオスタジオ12」を購入して、なんとか編集終了! さて、DVDに焼こうかなと思ったところ、なんと私のPCはDVD-ROMでしたsweat01 これ、焼けないんですけど、何か?


 正直、困ってしまいました。月曜日に学校に行って、同じソフトを使っている人にLANでデータを渡してDVDに焼いてもらえるようにしないと、自分のPCでビデオを流すことになります。画像は良いけど、音声が心配だなぁ、それだと。

 自分自身の中での1週間の夏休みが終わり、本日からようやく始動開始。徐々にブログのペースもあげていきたいので、本日は短めのブログで失礼させていただきますm(__)m

2008/08/08

三人寄れば文殊の知恵

 

本日は亡くなった祖父の誕生日。アルコールを自宅では飲まないのだけど、珍しくビールを買ってきて、仏壇の前でサンゴー缶を一本あける。考えてみると、祖父からは色々なことを学んだなぁ。今になって、あの時の「教え」が分かることも少なくありません。(本人がそれを「教え」と思いながら、話していたとは思えないけど)
 何度かブログにも書いたように、「教養とは思いやりである」という言葉、私は忘れることはありません。30年も前に、ソ連の崩壊をお風呂の中で、小学生だった私に予言していたような人でした。(当時は、何がなんだか分からなかったけど;笑)

 この夏は、死生観を考える夏休みにしています。そば通が、「死ぬ前に一度、つゆにたっぷりつけて蕎麦を食べたかった」という落語ではないけど、やりたいことには、チャレンジしたいものですね。もちろん、それは人生の「軸」があってならではの、話しだけどね。

 文学を読むと、人間の本質がずっと変わっていないことも分かる。(だから、文学は人間探求なんだろうけど) 人間が進化する生き物であれば、現代はもっと素晴らしい時代だよね。
 あれも完璧、これも完璧、では疲れてしまう。だいたい、全てが完璧な人など、まずはいないでしょうし。逆に、そんな人がいたら、「どっか作ってませんか?」と訝しくさえ、感じてしまう。(だから、先日の柳瀬先生のブログには心を打たれました)

 足りないところがあるから、協力が必要になる。チームワークが必要になる。たとえ雑談の中でも、チームの他者が話す何気ないひと言が、自分を救ってくれたり、見えていなかったポイントに気づかせてくれたり。
 「永遠の仔」の「生きているだけでいいんだよ」ではないけど、私たち教員も「生徒を向いているだけでいいんだよ」と思う。そうすれば、自然とチームができあがってくるし、そのチームが大きな力を発揮します。利権を中心としたチームだと、どっかの県みたいになりそうだしなぁ。
 あの県は、トップが責任をとらないとどうなるか、ということの見本かな。これ、「教育の最高責任者だって知らないといえば、問題ないのに、どうして自分たちが?」と生徒にいわれたら、教員は辛いだろうな。入り口である採用試験の透明性を高めるだけでは、問題のすり替えに過ぎないと、どうして社会の木鐸であるはず(「はず」に注目)のマスコミは突っ込みはしないのだろうかなぁ。

 昨日は朝から生徒のメール。話しがあるということで、午前中に2件面談。そして、本日は、お盆前、最後の英語の勉強会。ESSの生徒はピーナッツ(銀)に突入し、教科書を使ってデュアルトレーニング風に、チャンクに英文を分けています。
 Fさんは、障がい者就労支援施設でのボランティア。先方のスタッフの方にも可愛がっていただいて、感謝してもしきれません。彼女にとって、このボランティアは、人間を考えるいい時間になっているようです。

2008/08/04

イラスト

 プロフィールの写真を、35年前の私から、現在の自分のイラストに変更しました。

 このイラストを描いて下さったNさん、とても感謝しています。ありがとうございました。ワガママなお願いにも耳を傾けて下さったことに、心から感謝しますm(__)m 背景の色と、イラストの背景の色まで考えて下さいました。

 同僚のKさんからは、「ちょっと、美化しすぎじゃないか?(笑)」といわれましたが、本人としては、特徴をとらえて下さり、まさに最高のイラストだと思っていますnote

 

2008/08/03

謙虚な自負

 午前中に近所の道の駅にスイカを買いに行きました。片道12km。暑かったんですけど、いいですね、自転車の遠出。道の駅では、地元で取れた牛乳で作られたアイスを食べて、美味しいスイカを買えました。
 できるだけ自転車を使うようになって、体重が減り、体脂肪率が減り、この頃は体重が増えました。この年になって、筋力がアップしているのかな。

 そろそろ、研修の真っ盛り。色々な研修会に出かける先生方も多いでしょう。ということで、前回のちょっと補足です。

 私は教師の仕事は、授業については職人的なものだと思っています。寿司屋の職人のように、どれだけお客さんを満足させるか、そういうものだと思っています。握り方にしても、いろんな流儀があるようで、どれが美味しいかはその人の好みによるようです。通ぶった客に限って、そういう流儀にツベコベいうかもしれませんが、私は美味しいものは美味しいと素直に思うようにしています(というか、よく分からないし;苦笑)。

 で、何がいいたいかというと、自分の流儀を押しつけようとしている講師が少なくないのではないか、とういことです。もっといえば、押しつけようと意識している場合にはまだ良いけど、「自分の方法論は絶対だ」というような信念を持っている講師がいるんじゃないかなぁと、感じます。そういう人の話し方を聞いていると、あたかも、どっかの宗教に心酔している人が「この宗教はどれだけ素晴らしいか」というのを説いているのとよく似ています。

 自分がやっていることが、最高の取り組みであるという気持ちを持つことは、自分を強くしてくれるし、高い壁を乗り越える原動力ではあります。でも、30過ぎれば、どこかしらに自分を冷静に見つめるメタ認知的な自分、もっといえば、謙虚さが必要なのではないかな、と思えてしまうのです。

 教師は回転寿司ではなく、生徒の目の前で握り方を見せます。だから、職人教師は生徒の様子を見ながら、どのような握りをするか考えるわけです、自分の流儀で。

 研修会に行く理由はたくさんあるでしょうけど、その講師の「コピー教員」になりたいと思っている人は皆無に近いでしょう。そうではなく、自分が抱えている課題を乗り越えるためのヒントを研修で見つけられれば、自分の授業を少しでも良くするためのヒントが何か見つけられれば、そんな思いが多いのではないでしょうか。(義務的な研修の場合にはそれはないかもしれないけど)

 だから、講師は自分の実践例(あと、実践の哲学)を見せれば良いだけであって、それ以上でなければ、それ以下でもないと私は思っています。
 生徒の成長を援助するという原点を大切にして、謙虚な気持ちを持って、ことに臨むだけでいいのではないかな。人は、自分が100%正しいと思ったときに、もしくは集団が反論を寄せ付けない雰囲気を作ったときに、他者には受け入れてもらえないグループになる危険性が高くなるのではないかな。
 英語教師として、学力を高めることだけを目的にすると、進学を考えていない生徒や、いわゆるFランク大学で構わないと思っている生徒には対応はできません。一方、そういう学校に勤務していて、生徒の学力を言い訳に授業の改善をしなければ、英語教師として誉められはしないでしょう。
 また、いわゆる進学校で、英語力を高めるだけでいいのかといえば、そうでもないだろうし、かといって、英語力を高めなければいいかといえば、そうでもない。
 要は、生徒の成長を願った上での、教員としての按配なんじゃないかな。上手に按配できることを「教師力」と呼びたいものです。

 なんか、エラソーだなぁ、今日は(苦笑) 

2008/08/01

多様性と、深化と進化

 珍しく、携帯がなる。あまりメールもしないので、携帯が鳴るときには、我が家の最高権力者からであることが多いのですが、今回は生徒からでした。話題はもちろん、進路について。進路といえば、お金の問題がほとんどです。
 正直、これがいちばん辛い。「奨学金」といいますが、何度も言っているように、ほとんどが貸与、しかも無利子の第1種ではなく、有利子の第2種(現在、2.6%の利息)が予約奨学金の半分以上を占めます。(留学生を支援することもいいことだけど、その前に日本人や日本に永住権を持つ人々への援助をもっとするべきではないか?)

 教員になれば、奨学金を返還しなくて良いという制度を活用した世代が多いせいか、この奨学金を悪意無く、進めるケースも少なくありません。でも、山の神の奨学金、約300万円を返した経験でいえば、これは結構、キツイですよ。しかも、これが第2種だったらと思うと、正直、ゾッとします。私たちは、奨学金返還のためだけに学び、働くのではなく、人生を豊かにするために学び、そして働くのでしょう。返還のために、人生が豊かでなくなったら、それは本末転倒です。(返したくても、返せない人が少なからずいると簡単に想像できます)
 教育や医療の分野に、「受益者負担」「自己責任」とうい言葉がはびこっているのは、どう考えてもおかしい(私にとっては、だけどね)。
 話がそれましたけど、資金繰りの話しから、進路を考えていかなければいけないケースも、少なからずあるわけです。これに気づかない(見えない?)人もいるかもしれませんが、少なくない割合で、資金繰りに真剣に悩む家庭もあるわけです。

 「だだちゃ豆」という美味しい豆があります。山形県の庄内地方でとれるのですが、他の地方で作っても美味しくありません。その場にあった農産物があり、「だだちゃ豆は最高だ~。お前のところでも、だだちゃを作れよ!」と言われても、「こっちでは作れないよ」となります。「それは、土壌改良が足りないからだろ!」 といわれても、困ってしまいますよね。農業は、土壌だけでなく、気候にも大きく作用され、気候は変えることのできないものですから。だから、その地区に あった農産品を作り、大切にすることの方が、よほど生産的です。生産者が丹誠込めて作った農産物には、命が含まれています。その地方で作られる作物を、よ り美味しくする取り組みの方が大切だと私は思います。

 いけない、また話題がそれてしまった。

 その一方で、授業料について、それほど生徒自身が気にしない傾向の学校も少なからずあります。そういう学校は、そういう学校として、教育活動をしっかり行えばいい。生徒も、学力を上げて、志望大学に入れるように頑張ればいい。ただ、それだけです。
 そういう学校の先生は、専門学校や就職について、知らなくても何の支障もないでしょう。だったら、その分のパワーを大学進学を希望する生徒に使えば良いだけです。もしね、そういう学校の先生に、「あなた達は、専門学校のことをなーんにも知らない。調理師と栄養士の違いも知らないんだ。それじゃ、高校教師として問題あるんじゃないの?」なんていわれたらどうしますか? 「あなた、就職試験の解禁日がいつか知らないの? 求人票が学校に来る日がいつか知らないの? どうして、生徒が6月にある企業の合同説明会に行っちゃいけないか知らないの? 何年、教員やっているんですか??」なんていわれたらどうしますか? (実際に、知らない人が多いかもしれないけど)

 私が言いたいのは、学校毎に、実情は全く違うということです。小中に比べて、高校は間違いなく実情は違う。だから、何かやろうとしても、ある学校では有効なことが、他の学校では有効にならないことだってあります。

 大学全入の時代といわれても、大学や短大に進学する生徒は約半分です。(50%は大学短大に行きません[行けません]) それなのに、大学進学を見据えた英語教育ばかり話題に乗るのはどうしてなんでしょ? また、そのうち、入学が難しいといわれている大学はさらに少なくなります。で、どんどん、英語教育が「深化」すればするほど、それを受け入れられる人たちはどんどん少なくなっていきます。つまり、「深化」すればするほど、「特殊化」してしまうジレンマがあるハズです。しかし、この「ハズ」に気づかずに、「深化」を「進化」と考えると、「自分たちが教育を引っ張っているのだ」という自尊心を持つようになり、周囲を啓蒙しようとしちゃうんだよね、この人たちは。で、教祖みたいな人が出てきて、カリスマ化して、カルトのような存在になりゃしないかな、と他人事ながら不安になってきます。

 公立中学校の先生は、こういうことは、ありえないでしょうね。多様な生徒が目の前にいるのですから。

 自然界は、多様性があり、秩序が保たれています(生物で習った、クライマックスっていうものですね)。でも、どうして多様性が尊重されなければいけない教育というカテゴリーにある英語教育には、この多様性を意識しない人がいるのか、私は不思議でなりません。

 そして、そんな集団とは全く違う世界にいる英語の先生方! 私たちは、自由に英語教育活動ができる幸せな教員なんですよ! 生き生きと、授業ができる条件があると思いませんか?(って、これもカルト的な言い方になるかな?;笑)
 生徒が「この先生に英語を教えてもらえて良かった」「この先生が担任(授業担当)で良かった」と思ってくれれば、それで6~7割は成功だと私は思います。

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