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2006/08/29

マイナー集団とならないために

 いつもコメント下さる柳瀬陽介先生のサイトに秀逸の記事が。全面的に賛成、昔ながらでいうならば、「御意」。しかし、こういう意見が主流となればなるほど、今よりも「現場の教師」の責任は大きくなるとも思う。

 いちばん意味がない「英語教育」とは、研究のための英語教育ではないだろうか、と前々から思っている。自分の研究テーマや、自分の結論のための資料を集め(特に、アンケート)、文系の人間なら「?」と思うような数式に、自分の結論をサポートするように利用し、論文としていく。

 その一方で、現場の全てが正しいわけではない。よく研修会で耳にする、「ウチの学校じゃ無理だよ」という底辺校の先生の発言。確かに無理なこともあるでしょう。
 8月号の『英語教育』に京都大学付属高校の先生が書かれているように「英語の授業では、英語をできるだけ使うべきである。これはまさに正論であって、異議を唱える人は少ない」と書いてあるけど、俺は異議を唱えます。それを目標として授業をする学校を否定はしないし、立派な実践だと敬意を表するけど、しかしそれを、べき論で押しつけないで欲しい。

 では、「無理」だと思われる学校では、どんな取り組みがあるのだろうか? 無理だという先生は、どんな取り組みをしているのだろうか? 生徒の英語力を隠れ蓑にして、授業を疎かにはしていないだろうか?これは、自分にも言い聞かせていることなんですけど。もし、そうなのなら、「ウチの学校では無理な実践だ」というのは、いい訳に過ぎないし、柳瀬先生が「現場の声を」と耳を傾けて下さっても、その耳に届くような取り組みはないわけです。

 そして、英語力がD,Eランクの学校の先生はAランクに行ったらどのような授業をするのだろうか? Aランクの先生はD,Eランクに行ったらどのような授業をするつもりなのだろうか? こういう想像力を持ちながら、発表をしたり、発表を聞けば、また違って聞こえてくるものだ。

 Aランクのプロフェッショナルがおられるように、Cランクのプロフェッショナル、Eランクのプロフェッショナルなどいろいろな学力にあわせてのプロフェッショナルがお互いに実践を持ち寄る。これは、すごい財産だと思いませんか? その意味では、高知県でのアクションリサーチの取り組みは、いろいろなヒントが満載で、すごい財産ですね。
 不幸なことは、Aランクの先生が「英語教育とはかくあるべき」と、べき論を発言したり(確かに、机上では正論かもしれない)、Eランクの先生が「ウチの学校では…」と思考を停止したり、することだ。
 本来は、英語教育のプロフェッショナルとは、全てのランク(少なくとも、A、BC,DEの3種類)で実践をした人なんだろうけど、なかなか現実的には難しいので、あとはイマジネーションを働かせながら、発表したり、その発表を受け止めませんか?

2006/08/28

邪気を持つのも何だが…

『英語教育』の8月号をようやく見ました。なぜか、9月号の方が早く届いたのはなぜなんだろう?(笑)

突っこみどころ満載なのが「大学の英語授業をデザインする」です。別に悪意を持って突っ込もうとするわけじゃないんだけど、こんなことがどうして、今さら「英語授業をデザイン」と改めて記事となるかが全く分からない。今まで、理想的なごく一部の学習者だけしか考えてこなかった英語教育界とは、所詮この程度のことさえも「へぇ」となるのかなぁ、と邪気を持ってしまいました。

まず、現状認識から。「英語が苦手な学生を教えたことはありますか-1」となっているけど、筆者が対象としたのは私立保育系短大。ちなみに、短大は入学しやすくなったとはいえ、保育・医療に限ってはまだまだ簡単に入れるわけではない。いくら入試に英語がないとはいえ、それなりの生徒が希望しているのではないだろうか? 保育系の短大の方が、一部の4年生大学よりも、講義はよっぽど進めやすいだろう。保育系に進学する生徒は、素直で真面目で、一生懸命な傾向があるからだ。

あえて言うなら、著者が教えている学校は、毎年定員割れをおこすような学校ではないのではないかなぁという漠然とした思いがある。

著者の授業の工夫が出ているので、それをまずは見て下さい。

学習活動  従来の方式                 新しい方式
予復習   予習が前提             授業中に取り組む/宿題がある
語 彙    単語を調べてあることが前提  授業にてプリントによる学習
解 釈   1文1文を分析、解釈、和訳    概要把握/重点方式
文 法   必要に応じて解説がある      文法の基本を計画的に学習
音声面   テープを聞く程度          発音練習や書き取りを行う

この「新しい方式」のどこが、新しいのか私はよく分かりません。予習を授業中に取り入れている中学や高校の先生は、周囲にもかなりいるけど、大学では新しいものなんですね。語彙のプリントとは、英英辞典を使用したものらしい。解釈については、イラストや日本語による質問を手がかりとして、概要把握をすること。文法の基本は計画的に、音声面では発音練習や書き取り(ディクテーション?)。

どこが、ですか? これのどこが、新しい方式なんでしょうか? 著者が工夫をしたことは、よく分かります。普段は難関大学で教えているのに、同じ方法では教えられないので、工夫された授業の進め方が「新しい方式」なんでしょう。しかし、今さら、こんなことを言われても、、、と思う先生はいませんか? 特に、文学系や経済関係の短大の先生、定員確保に頭を悩ませる4年生大学の先生、どう思いますか? それに、新出語句を、英英辞典の定義を使って、、なんていうは、不可能に近いでしょう。

著者が、どうにか短大で英語の授業を成立させようという気持ち、学生に対する優しいまなざしを持っているだろうことは、行間からヒシヒシと感じ取れる。しかし、最初の授業で「英語での自己紹介」が成立し、著者のパーソナル自身のパーソナルな英語での質問に対して反応があるのであれば、それは「苦手」というレベルが、それほど深刻ではないのではないか?

そして、(実戦を終えて)から、要点のみを抜粋すると、
1)苦手な生徒は復習の方が取り組みやすい
2)語彙指導と、楽しく学習
3)発音、聞き取り、書き取りなどの音声重視
4)文法の再学習
5)身近な話題の教材
6)難易度は低い教材
7)和訳への配慮
8)英語が苦手≠英語嫌い

これも、今さら言われたって、、、というものばかり。高校の教員の目からすると、1)は予習するスキルを持っていないのだから、どうやってそのスキルを作らせるかが大切。2)の楽しく学習の、楽しさって何なんだろう?これは、この記事に限らず、いつも思うこと。「楽しく野球」「楽しく仕事」というのであれば、「上手になって初めて楽しい」「苦しさがあったとしても、やりがいを持てる仕事」っていうことなんだろうけど、「楽しく学習」とは、いったいどのようなことなんだろうか?
 そして最後の8)では、学生の40%以上が中高で英語が好きだったとアンケートで分かったということだ。著者は学生を「英語が苦手」と決めているけど、それはどういうレベルから見て「英語が苦手」なのか。他教科に比べれば、「得意」だった中高生時代を過ごしていたのではないだろうか? 重ねていうけど、保育系に進学する学生は、とにかく、素直で真面目で、一生懸命の傾向があるのだから、経験則では、英語はある程度できる。

 英語教育は、今まで理想的な学習者ばかりを見過ぎてきたのではないか? それが、学力低下や少子化の影響もあり、今まで偉い先生方には見えない存在だった英語の苦手な学生が、大学に入学し始めた。そして、どうすればいいのだろうか?と試行錯誤をするようになり、それが今回の記事なのかなぁと感じた。

 本当に英語が苦手な学生が多いだろう、定員割れに苦しむ大学・短大で教鞭をふるう先生方は、今回の記事をどのように感じたのだろうか?

2006/08/26

和訳の勧め

 夏休みの補習も後半戦に突入。後半戦は、各自が自分で課題を見つけたり、前半の補習で理解が不十分だったところを見つたりして、分からない部分を質問に来るという「自学」的なもの。出席をとることもないので、生徒が来ないかなぁと思っていたら、杞憂でした。成績がいい生徒ではなくて、その反対の生徒が来ていることが、うれしいものですね。苦手な生徒こそ、この期間に追いついて欲しいですから。

 昨日のことだけど、Sさんが、間接疑問に苦労していました。

    例)Who is she?       I don't know     who she is .      

 ここの何に苦労していたかというと、間接疑問がなんなのかがチンプンカンプン状態だったということです。そこで、「"Who is she?"は『彼女は誰なの?』という疑問文、"I don't know who she is"は『私は彼女が誰だか知らない』という普通の文」と説明したところ、「どうして、疑問文じゃないの?」という彼女。
 『疑問文とは、何かを尋ねる文なのだから、この文は疑問文じゃない。私が分からない、といっているだけだ』といって、納得してくれました。

 問題は、例題の後に10題以上続きます。少し、英語が出来る生徒ならば、例を見て、問題を解くことが出来るでしょう。しかし、問題が出来るから、その文法項目を理解しているのかといえば、必ずしもそう言えないケースもあるのでしょう。特に、英語が苦手な生徒であればあるほど、これは顕著に表れる気がします。

 間接疑問の話しを他の先生(他教科も多数)としていると、どの教科でも同じような悩みがあるらしい。もっと言えば、母語である日本語を、意識せずに使用しているレベルに留まってしまっており、意識をして深めて考えることが減ってしまっているのではないか、ということがその場にいた先生方の共通した感覚でした。(ちなみに、生徒をしっかりと見ている先生方の感覚は、どんな研究よりも真実に近いでしょう。)

 私たちが一生の間で使う言語は、一般的な生活をする限り、間違いなく母語である日本語です。英語の使用なんて、高校を卒業してしまえば、ほぼ皆無という人たちだって少なくない。そう考えると、「英語を英語で理解する」なんていう高尚な考え方もあるけれど、「英語を通じて、母語を意識して考える」という考え方だってあっていいのではないでしょうか?

 和訳に対して、色々な見方があるけれど、それに対して反対する人は、どういう生徒をイメージしているのでしょうか? 帰国子女クラス? 中学校で英検2級? 準2級? 3級? 4級? 5級? 英語に対してまったく関心を持っていない生徒? いったいどの層をイメージしているのでしょうか? 
 また、「こう教えればいい」という理論を研究されている方もいるけれど、授業という制約の中で、それら全てを取り入れることは無理でしょう。4単位であれば、年間でせいぜい110時間。全員が「理想的な学習者」とは限らない。その他にも、その学校の事情というのもあったりして、どんなすばらしい考え方であっても、現実の中で、いかにしてそれを取り入れていくか、と教師は考えるものです。
 大学の時に、「付属中学校でしっかりと実践が出来た」と仰っていた先生がおられたけど、その先生は決してナンバースクールでは実践されませんでした。そして、そういう先生の実践というのは、ほとんどの場合が1回~数回。しかし、その学校で働く先生方は1年~3年も続けるのです。

  どんな指導方法にしても、その方法だけで留まっては不十分です。和訳もその指導方法の一部です。それをいかに、他の課題につなげていくか、が大きな課題となるのではないでしょうか?(どうして「課題」ということばを使ったかが、分かって下さる方には、分かっていただけますよね)

 さてさて、間接疑問の話しをしていた数人の同僚の中に、尊敬すべき学年主任のS先生がおられました。その先生が、「(日本語の)小論文をこれからは、取り入れたいんだよね。進路を考えたときに、小論文が書けないときついしなぁ」と話していました。確かに、そうだ。そのためにも、母語の感覚を鋭くすべく、和訳はあった方がいいに違いない。

2006/08/17

楽しいひととき

 前回の記事には書かなかったが、英語教育の明日はどっちだ!TMRowing at bestのtmさんと、暑気払いを楽しんできた。以前にもお目にかかったことがあったが、今回は2人で四方山話を楽むのは、初めてのことだ。ブログからも感じられるように、英語教育に対する造詣も深く、すぐれた実践家で、そして英語教師に対する深い愛情を持っている方だった。

 尊敬できる教師を持てることは、教員にとってこれほど幸せなことはない。実践する対象は離れてはいるが、お互いに違う切り口で英語教育を考えていることが、素直に刺激を受け入れられる要素の1つなのだろう。

 突飛ではあるけど、底辺校、課題集中校、教育困難校、進路多様校と、入学の難易度が低い学校はなぜかいろいろな呼び方がある。進学校は、その呼び方しかないのにね(苦笑) 名前を変えたって、実態が同じだったら、あまり意味じゃないじゃないのねぇ。

 そういう学校に勤務されている先生、もしよろしければ、お互いに勉強会でも開きませんか? 最初は悩みでもいい、課題を語り合うだけでもいい、飲んで馬鹿話をするだけでもいい。勉強会というと固い感じがするけれど、もっと穏やかな、ネットワークです。英語教育だけに限らず、生徒理解のためにも心理や、社会的なサポートのノウハウ、時には非行なども含めて、教育という角度から、英語教育を考えていきたいと思っています。

 場所は、東京~千葉になってしまうでしょうが、もし興味をお持ちの方がおられたら、私までメールを下さい。

「アンケート」の活用方法

<あなたは3単現のsが分かりますか?>

 これで、30%が分かっていると答えたとしましょう。そうしたら、本当にその30%が理解できているのでしょうか? 残りの70%は、理解できていないのでしょうか? おそらくは、そうは簡単ではないはずです。

 アンケートが一人歩きをする理由に、する側と答える側との間に温度差があることがあげられます。たとえば、3単現の"s"が分かっているといっても、本当に分かっているのかどうか分かりません。walk - walksとはできるけど、cry - crys としてしまう学習者だって「分かっている」と思っているかもしれない。また、その"s"の存在は分かっているけど、どうして動詞にsがつくのかが分かっていないケースさえある。
 その一方で、ある程度分かっている生徒の中には、walk - walks, cry - criesとなることは理解できるが、have - hasとなる理由がどうしてもよく分からない。そういう生徒は、「分かっていない」と答えるかもしれません。

 これを解消するためには、問題を解かせてみて、アンケートによってではなく、点数によって区別する方がよっぽど妥当性が高いかもしれない。しかし、"s"を尋ねる問題なら大して時間もかからないが、関係代名詞ならどうやって問題を出すか? 「分かる」レベルは果たしてどのくらいか? whoとwhichの区別が出来るくらい? 非制限用法のレベル? 前置詞+関係代名詞のレベル? などなど、いろいろなレベルがあります。もし、難しいレベルのものを聞くのであれば、問題を解かせるとしたら、かなりの時間がかかります。それは、いつ行いますか?

 だったら、記名式にしよう、と。記名式アンケートで、どこまでホントに答えてくれるでしょうか? その先生との関係もあります。+αと答える生徒もいる一方で、-αの生徒もいるでしょう。理解していないのに、そういう生徒が「分かっている」と答えたとき、それは本当に「分かっている」にカウントしていいのでしょうか? うーん、難しいですねぇ。

 数年前に、東京都にある、いわゆる最底辺校の先生と共同研究をしたことがあります。その学校は、とにかくすさまじい学校です。そこでアンケートを採りました。「あなたは関係代名詞を分かっていますか?」と聞いたところ、なんと20%以上の生徒が「分かっている」と答えたのです。しかし、どー考えてもそうは思えない。アルファベットが書けない生徒が少なからずいる学校ですから。

 アンケートの中で、それが「感覚で答えられるもの」はあまり信用できないのではないか、いということです。

 こちらのベネッセのサイトをご覧下さい。
http://benesse.jp/berd/center/open/report/gakuryokuhenka/2002/kaisetu/henka11.html

 これを見て、学力のE層の生徒のうち、70%が授業を聞き、40%前後が単語の意味を調べ、本文を日本語にしているそうです。E層に勤める英語教師のうち、「うちも、その程度の割合です」と納得できる先生は、どの程度いるでしょうか? おそらく、そう答えた生徒は、悪意があったのではなく、自分たちなりに「授業を聞き」、自分たちなりに予習をしているつもりなのでしょう。しかし、生徒のレベルと、A層の生徒が「授業を聞き」、予習をするのはこういうことだ、というレベルとには、大きな開きがあるはずです。しかし、アンケートでは、その差は決して出てこないのです。つまり、同じ答えであっても、全く違うものをベースとした研究に、どれほどの意味があるのか私には分かりません。これを活用するのであれば、そこにその生徒を教えている教師の感覚という変数をかけなければならないでしょう。
 というのも、客観的に計れることを、主観を頼りにアンケートで尋ねてみたところで、そのアンケートそのものには、妥当性が少ないのです。しかし、アンケートが数字として残ってしまったら、それは論拠となってしまいます。

 現場教師であれば、このアンケートをさらに一歩、踏み込んで活用することが出来ます。40%の生徒が予習をしているつもりになっている。であれば、「こんな形で予習をしなさい」という"Study Skill"を具体的に提示する、ということです。70%の生徒が「授業を聞いている」つもりなら、「授業を受けるとは、こういうことなんだ」と具体的に提示することです。その上で、学力が数字としてどのくらい伸びたか、偏差値ではなく、絶対的な数値としてどのくらい伸びたかを研究すれば、教師が提示したいくつかのskillがその生徒に正しかったのか、あまり適していなかったのかが分かるわけです。

 いちばん無駄なことは、アンケートの一人歩き。アンケートをもとに、自分の仮説に合わせるような結論を持ってくる研究などに、現場の教員はもっと怒ってもいいはずでしょう。

注)8/22に内容の一部を書き換えました。

2006/08/10

Robin Hood

 ESSの夏休みの活動として、Penguin ReadersのLevel 2のRobin Hoodを読むことにした。600語レベルということなんだけど、本当かいな?(苦笑)

 精読で1学期は活動をしてきたので、今回は多読的な視点から、ストーリーから離れることなく、必要な部分のみを精読していくという読み方をしていくことが目標。必要ない情報の部分は飛ばし、分からない単語は読み飛ばしていく。とはいえ、いちばんの目標は「一冊の英語の本を読んだ」という自信。この自信は大切ですよね、やはり。

 とはいえ、一気に多くの英語を読んだことのない生徒。だから、目標達成のためには「仕掛け」が必要になってくる。内容を理解するために、まずは、全員でRobin Hoodの映画鑑賞。それから、チャプターごとに日本語で内容を尋ねる問題を作ることで、ストーリーから離れることがないようにする。映画は初めて見たんだけど、最後がハッピーエンドでしたね。

 長文が苦手な生徒たちの特徴は、想像できる方も多いだろうけど、一文一文にかける時間が多く、次の文に進むと前の文の内容が分からなくなってしまうことだ。英語力がないことが最大の理由なんだろうけど、よくいえば、それぞれの文に真剣に向かい合い、悪く言えば(こちらが本当なのだろうが)、長文に振り回されている。ちょうど、私たちがパソコンの専門書を読むような感覚、といえばいいのだろう。(お詳しい方には、申し訳ありません;笑)

 ESSの生徒は、本校の中では、勉強が出来る方だ。しかし、その生徒の話を聞いていても、中学時代の入試や模試では長文の時間がなかったという。確かに、中学校の教科書にはダイアローグ形式が中心だ。しかし、入試ではダイアローグ形式の比率は、それほどは高くないだろう。いわゆるコミュニケーション重視ということで、会話形式を重視するなら、入学試験もすべて会話形式にしたらどうだろうか? 授業で、ゲームに時間をかけるなら、入試でビンゴゲームでも入れたらどうなんだろうか? あ、いけない。疑問文にするときは、邪気が含まれています(笑)

 それはともかく、多読の試みが昨日終了。4日間に分けたところ、皆勤賞が2人だけだった。1,2番手の生徒は、なぜかはほとんど出てこなかったなぁ。まぁ、彼女たちが出てこないことを残念がるよりも、皆勤賞組が2人いることを良しとしないと、いけない。もしかしたら、最終的に伸びるのはこの2人かもしれないな。

 1年生のこの時期から、締め付けて学習をさせても、必ず途中でリタイアする。かといって、ある程度の課題を与えないと伸びていかない。ここら辺のバランスが、難しいところです。今年のESSはほとんどが女の子なので、研究室には必ずチョコレート完備。勉強が終わってから、みんなでチョコレートを食べています(笑) 

2006/08/07

すごい根性!

 今日の昼過ぎに帰国。用事があって韓国に行くことになったので、だったら家族で行ってしまえ、ということで全員で行っていました。その間にメールを下さった方、今から書きますので、しばしばお待ちを。

8月某日
 ソウルに到着し、入国手続き。すると、目の前で強引な「割り込み」!1人が先に並んでいたところに、十数人の人が入ってくる。これもよく言われる「韓国文化」なのかと一瞬思ったが、その集団の最後の1人の「すみません」ということばと、持っていたパスポートで日本人だと知る。一瞬でも思った自分のステレオタイプな思考にちょっと恥ずかしい思い。そして、こういうことをする日本人にも恥ずかしい思い。これも、愛国心教育がないからだといわれるのだろうか? 

8月某日
 娘の体調が悪いので、現地の知人と行動が出来なくなる。一眠りすると体調が良くなったということなので、ホテルの周辺で散歩とショッピング。
 マックで休んでいると、現地の高校生3人組に話しかけられる。日本語学科で勉強する女の子3人が、夏休みの宿題で、日本人にインタビューをするというものらしい。目の前にICレコーダーを出されて、「キムチは美味しかったか?」「韓国の印象は」などと、5分間ほど、娘と私で答える。失礼だが、あまり上手な日本語ではない。しかし、学校の宿題とはいえ、積極的にコミュニケーションをとろうとしてくるその姿勢に感動。
 ホテルへの帰り道の若者が多く通る道に、薬局に「バイアグラあります」と書かれてある。売れるから、置いてあるんだろうね。聖人君主のようなことをいうつもりはないが、現地の若者がこういう看板を見たらどう感じるんだろうか? これも、愛国心教育がないからだろうか? 「今の若者は」という年齢の人よ、同い年の人をもう少し教育したらどうなんだろうか?

8月某日
 午前中は、子どもたちに大好きな「チャングム」のおみやげを買うということで、ショッピング。そして知人と韓国の宮廷料理。
 それから、KTXという「新幹線」に乗り、ソウルから釜山へ。2時間40分で到着する予定が、50分遅れ。電気系統の遅れかららしい。日本の新幹線だったら、、、とちょっと愛国心が湧いてきました(笑)
 夜、1人でホテルの前のスーパーに買い物に行く。夜の11時を過ぎているのに、スーパーには家族連れの多いこと、多いこと。結構、驚く。翌日、現地の知人に尋ねると、「暑くて、エアコンが入っているところに、行きたいからではないか?」とのこと。なるほど。
 この日のホテルは、前回に来たときと同じところ。そういえば、前回に来たときに、夜1人でホテルにいると、「女性をいりませんか?」と電話がかかってきた。ソウルの「バイアグラ」と同じだよね。需要があるから、供給があるんだよね。

8月某日
 朝は、ホテル付近の食堂へ。現地の人がよく行くお店なので、安いし、美味しいし、いうことはありませんでした。
 お目当てだったキムチを市場に行く。しかし、6月から7月にかけての大雨の影響で、キムチも品薄となっているようだった。
 その後、「民主公園」に行くと、ちょうどその日が音楽のフェスティバルがあるようで、そこには日本人のアーチストも参加していた。その関係で、数百人の日本人の若者が来て、現地の若者と交流をしている。しつこくなるけど、「今の若者は」という年代の方々は、バイアグラを購入する同年代を非難教育すべきではないか。

8月某日
 韓国の英語教育がどうなのかなぁと思いつつ、書店へ。いやぁ、驚きました。DUO3.0とDUOselectが売られているではありませんか!
 時間の関係で詳しくは見られなかったけど、高校生用の参考書とその演習書を買ってきました。ハングルが読めないけど、文法の展開の仕方が分かります。おまけにもらった「世界地図」。やはり、中心は韓国(笑) オーストラリアの地図や、アメリカ、イギリスの地図と併せて、「世界の世界地図」がまた増えました。

2006/08/02

接続詞は難しい

 補習も本日で前半は終了。次は、後半戦となります。この補習をしていて、感じたことをいくつか生徒との雑談の中で出てきたこと、教えていて感じたこと。
 なお、補習に出てきた生徒は、約60名。部活動の関係もあるので、出席できる時にだけ来た生徒ももちろんいる。そういう生徒のために、後半では1日3時間ほど図書室で個別指導を行うことになっている。

 生徒の感想で、いちばん興味深かったのが、「ようやくbe動詞が分かった」「ようやくI / my /meが分かった」「ようやく3人称が分かった」というもの。話した生徒は、英語が苦手な生徒ではなく、英検3級の試験で40点を取った生徒でした。他教科の成績も良く、クラスでは上位5番に入る生徒なので、余計に驚きました。
 「なんとなく分かる」という生徒が多いんですよね。だから、英語の問題もなんとなく、解いている。文法問題にしても、長文問題にしても、リスニング問題にしても、キーワードが「なんとなく」。その答えを選ぶ明確な理由を持っていないケースがあまりにも多いわけです。数学的な方法じゃないってことなんですね。
 その結果、高校でつまずく。関係代名詞の制限用法と非制限用法なんて、なんとなくでは区別が出来ない。現在完了と過去完了にしても、なんとなくでは区別できない。

 「記憶力を強くする」によれば、その年齢に見合った学習の仕方があるようです。高校生ともなれば、丸暗記をするよりも、論理だった記憶能力が発達してくるようです。よく使われる言葉ですが、「発達段階に応じた勉強方法」が出てくるということです。そうなると、やはり英語の基礎的な文法学習はしておいた方がいいでしょう。このように書くと、「文法は教えていないけど、出来るようになる」という批判もされますけど、そういう生徒は、学校の授業以外で文法を勉強してないのですか?と私は聞きたいといつも思っています。予備校には通っていませんか? 塾には通っていませんか? 自宅の机には、文法の参考書や問題集が載っていませんか?と。
 蛇足になるけど、「こうやって、生徒がこれだけ伸びた」という実践には、予備校や塾、家庭教師というファクターはどういう位置づけになるんだろう?まさか、考えないわけじゃないですよねぇ。

 話しが横にそれたけど、生徒の出来がいちばん悪かったところが、実は等位接続詞。単語レベルをつなげるときは難しくないんだけど、次のような問題を行った。

1.日本語を参考に、andかorをいれよう。
1)日本語と中国語  Japanese (      ) Chinese  2)コーヒーか紅茶 cofee (      ) tea
3)彼か私 he (         ) I                 4)ジルとビル  Jill (        ) Bill
5)父と息子   father (        ) son          6)3か4    three (       ) four

2.例のように、andかbut、orを入れて、英文を完成させよう。
例)I saw a cat (  and  )  a mouse.
1) I like red   (         )   yellow.
2) Which did you order coffee (        )  tea?
3) I dropped the cup,(        ) it didn't break.
4) I was tired (         ) I couldn't sleep well.
5) She opened the door (         ) walked into the restaurant.

3. 例のように、接続詞を用いて、英文を完成させ、日本語にしよう。なお一回ずつしか使えません。
                                                                              
│ I stayed at home                    │     │ he ate dinner                   │ 
│ My father came back              │and│ I took the bus this morning│ 
│ I usually walk to school           │but | I breathed deeply                │ 
│ I opened the window               │ or │ I watched TV                   │ 
│ I wanted to telephone her       │     │ do you want to wait here?  | 
│ Do you want to come with me?│     │ I didn't have her number   │ 

例)   I stayed at home and I watched TV.          
日本語)私は家にいて、テレビを見ました。
       

ほぼ全ての生徒が1番は出来るんだけど、2番になると急に出来なくなる。正解率が半分程度。そして、3番になると、8割以上の生徒が、つまずく。breathやusuallyなど生徒が分からないだろう単語の注釈は与えてある。しかし、3番が出来なんです。何のためらいもなく、I opened the window, but he ate dinner.と書いてくる。1回ずつしか使えないから、5つの組み合わせを考えなければいけないんだけど、どうも「直感的」にしか考えていない。「この接続詞、まちがっているのでは?」と生徒が気づくのは、日本語にしたときなのです。
 正直、等位接続詞は軽く流せるかと思ったら、そうもいきませんでした。

 学校で「エゴグラム」をしたときに、A(自我)の部分が低かった。接続詞がなかなか理解できないのは、AとBとが接続されるという考えが生徒にとって難しいのは、そこにも現れている。と考えると、英語という教科だけの問題でもなくなる部分もあり、もう少しひろい視点で考えていかなければならないのだろう。

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