« 2005年8月 | トップページ | 2005年10月 »

2005/09/30

研修で、あの本を思い出す

今日は研修。文化祭の初日ではあるが、そちらは「鉄骨の魔術師」の副担の先生に完全に任せているので、行ってくる。

同期で採用された教員と会う。10年前はフレッシュだったのに、みんなだんだんとそんな雰囲気になってきたね。男性はかなり結婚しているのだが、女性はまだシングルも多い。その中に、英語の教員としての力量もあり、人間的にも愛すべきSさんがいる。彼女は旅が好きだし、竹を割ったような性格である。

Sさんが、この夏にイチローを見に、アメリカに行ってきた。その時の写真を見せてもらった。もともとひとり旅が好きだった彼女は、世界中の色々な街を訪れている。今夏はそれがアメリカだった、というわけだ。

「井口のサインをもらったんだよ!」「長谷川も見てきた!」「イチローも格好良かった!」と楽しそうに話す彼女。なんか、「ヨンさま~」と空港で黄色い声で声を出される奥様方にその影を見たのは俺だけ、かな・・・?

「フラダンスも楽しいんだよね~」という彼女。あ、フラダンスも始めたんだね。なんか、昔、読んだ本と。なんだっけなぁ、その本のタイトル…。

海外での写真を見ていると、向こうから彼女を呼ぶ声が。数人の友人が待っているようだ。「あ、今から負け犬の集いがあるから」 

あ、本のタイトルを思い出した! あの、本だ!

「今年の冬には、みんなで旅行に行くんだ~。その打ち合わせ」

ひとり旅をしていた人たちが、今度は友だち同士で旅に行くのかぁ。これって、あの本とは逆のパターン?

文化祭に戻ると、生徒が生き生きとその日の後片付けと、翌日の準備をしている。副担の先生と翌日の打ち合わせをして帰宅。

2005/09/28

なるほどぉ

どうも、このサイトをチェックしている教え子がいるようだ。「なんかマジメな別人が書いているみたい」といわれてしまい、喜んでいいのか、悲しんでいいのか(笑)

 早いところでは本日、発売されることになった「中学短文で覚える英単語1700」が早くも大好評だ。ただ、ここをチェックしている生徒に、だけなのだが(苦笑)。
 というのも、離日してしまったALTが音声を吹き込んでいるということもあり、「懐かしい」という思いが一部の生徒にあるみたい←本来の音声ファイルの意味と違う気がするのは俺だけ?(笑)

きっかけはともかく、無料でDLできる音声はよい教材のようで、Nさんが「ディクテーションしたから、見てくれますか?」とやってきた。260の全ての文をディクテーションしたの??と聞くと、「時間がかかったけど、やってみました」 分かった、分かった、と冷静に聞いていましたが、本心では、、、

すごいヤツだ。もし俺が高校生なら、やらないだろう!

という仮定法過去である。

もちろん、ミスはある。「なるほど、こんな風に聞こえるんだね」という部分を教えるのではなく、2語を1語と考えているところは、2語に分けて、その頭文字を教える。あまりにも、聞こえてくる音に集中してしまっているので、意味として考えていないところから起こるミスもあった。

生徒にはいろいろな可能性がある。そのきっかけと巡り会えるかどうかが、かな。

2005/09/26

親の勝ち負けと子どもの教育

「勝ち組vs負け組」という経済的な分け方がこれからの中心になるのだろう。それがいい悪いは別にして、そういう政権を国民が選択したのだ、とよくいわれている。

この経済における「勝ち組vs負け組」は、あくまでも大人が対象。自分たちの勝負なのだから、そういう勝ち負けの激しい世界にいるのだったら、本人たちは納得できる部分もあるかもしれない。

でも、「負け組」の子どもたちの教育はどうなるんだろうか? 塾に通う通わない、だけではなくて、授業料が払える払えない、の生徒も多いのではないかと、心配してしまう。奨学金があるというかもしれないが、1年次の最初以外に奨学金の貸与は難しいし、学期の途中となるとほぼ絶望的だ。

子どもを大切にする社会。少なくとも、子どもが社会に出るまでに、必要な援助を直接的にも、間接的にもできる必要があるのではないか?

具体的なことをここに書けないことは心苦しいのだが、人様の家庭の問題に口を挟むことをしてはならない。しかし、家庭の問題として、自分を納得させなければならない心もまた、悲しいものである。

あー、ネガティブな話題ばっかり!!
そんなときは、このサイトに行きます。

http://www.waraiseek.jp/

ここの「もすかう」は眞鍋かをりさんがブログで薦めているように最高です!
イヤなことがあるときは、「もすかう♪もすかう♪」と歌ってから寝ます←アルコールが弱いから、かなしいストレス発散

2005/09/25

安易に答えを求めるべからず

昨日の続きを書こうと思ったんだけど、気になることがあり、続きはまた今度。

安易に答えを求めるべからず

というのは、若い先生に対してのアドバイス。悲しいかな中堅教員と呼ばれる年齢になってしまったので、たまにはこんな説教じみた話題でも(^^;;

ある雑誌に書いてあった。「音読がいいってよ」 だから音読をやってみた。あーー、うまくいかねーーー。
あるサイトに書き込みしてあった。「授業が成立しないときには、○○がいいってよ」 だから、○○をやってみた。あーー、うまくいかねーーー。
ある先生がいっていた。「やっぱり、コミュニケーションが大切だぁ」 だからコミュニケーション活動をやってみた。でも生徒がついてこないーーー。

 こんな先生は少ないとは思うんだけど、でも何故かお気軽な、日曜日に学んだことが月曜日に使える授業の方法が流行りすぎているんじゃないかな? 聞いた翌日にできちゃうような方法が流行りすぎていないかな。これって、法則化運動と同じじゃないか?

 もちろん、こういったやり方が全て悪いとは思わない。ただ、教員なら自分の授業がうまくいかないならば、徹底的に悩んで、徹底的に自分で考えて、自分なりのやり方で生徒を引きつける授業をするべきではないか、って思う。
 私も悩みました。アルファベットが書けない生徒もいた、sometimesをソメチメスと読む生徒もいた、原稿用紙の升目に文字を書けない生徒もいた、このような生徒にどうやって英語を教えていくか。本当に悩みました。時には恩師に八つ当たりをしたこともあったっけ(^^;;

 同じような課題や、同じような経験をした先生に愚痴をいったり、自分の悩みを話すことはとっても大切なことだと思う。でも、「どうすればいいのか」と安易に答えを求めるべからず、である。愚痴をいったり、悩みをこぼしているうちに、自分なりのやり方が見えてくるものだ。あなたのキャラクターは、あなたにしかない個性だ。芸人ではないが、自分のキャラクターを活かせるあなたなりの方法で、生徒を引きつける方法を考えてみたらどうだろうか?
 世の中には、「こういう時には、こんな風にするといいよ」とあなたのキャラクターも知らないで、アドバイスしてくる人もいる。その人に悪意はないのだろうが、その人でうまくいっていることは、あなたが実践してうまくいくとは限らない。他の人の実践も、自分の中で血や肉になってから使うのであれば、それはあなた自身の方法になってくる。

若いときに、借り物を服を着るのではなく、どんなボロでも自分なりの服を着るべきではないだろうか?
そんなあなたを応援してくれる人は、たくさんいる。

以上のような理由で、「授業で使えるかも?」はとりあえず、削除することにしました。

2005/09/24

子どもの成長の援助者

子どもの成長をみんなで見つめる、ということがとても大切なことだ。その面白い実践をしている医師を今日は紹介。

社会福祉法人自立共生会 多湖光宗先生

認知症のお年寄りと子どもとの関わりを通じて、お互いに「成長」できることを実践されている先生だそうだ。
今日は忙しいので、その紹介まで。

2005/09/23

キれる子どもと公務員の削減

 やっぱりなぁ、という感想だ。キれる子どもが増えてきているのだそうだ。
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/news/20050923k0000m040164000c.html

 また、相変わらずの教育評論家の尾木センセイがコメントをしているが、これって、学校5日制が原因なのか、とまったく考えもしなかったことに気づかせてもらって深謝。いつもこのセンセイのコメントには、新しい考え方を教えていただける。

 この原因はとても根が深いだろう。地域の問題、家庭の問題、学校の問題が複雑に入り組んでいる。虐待をうけている児童も少なからずいる。虐待とはいいきれなくても、虐待に近い状態で育てられている子どもたちは、もっといるだろう。そういう子どもがクラスにいると、先生は本当にたいへんだ。しかも、「指導力がない」とステレオタイプのコメントをされる場合さえある。保護者の協力が得られない、なかなか保護者とコミュニケーションが出来ない、という経験をしたことのない教員はいないはずだ。熱心に仕事をする先生はバーンアウトしてしまい、鬱病になる人が多い。
 もちろん、そういう児童・生徒だけではなく、しっかりと学びたいと本人が思ったり、学ばせたいと思っている保護者も少なくない。はたして、そういうこどもたちが、同じ学区の公立中学校に子どもを入れたいと思うだろうか?ここで、私立に子どもを入れられる経済的な余裕がある家庭とない家庭との「格差」が生まれてくる。
 もちろん、教員だって手をこまねいているわけではない。勤務時間外の勉強会には、多くの先生が来る。こういうケースにはどう対処すればいいか、保護者との対応はどうすればいいのか、スーパーバイザーを招いて、学習をしている。

 児童相談所が悲鳴を上げている。児童相談所とは18才未満のこどもたちの課題なら、なんでも受け入れてくれる場所である。しかし、その児童相談所が虐待(特に幼少者に対する虐待)しか、受け入れなくなってきている。これは、児童相談所のキャパをオーバーした相談がくるからである。引きこもりや非行、不登校などだんだんと対応できなくなってきている。

 国家公務員が削減されるそうだ。行政のことはよく分からないが、公務員削減の方向は変わらないのだろう。もし、これが教育関係にも適応されることになれば、課題が多くなりすぎて低下しているサービスは、一層の低下をすることになるだろう。教師の評価もいいでしょう、40人学級もいいでしょう、夏休みの短縮計画もいいでしょう、土曜日の復活もいいでしょう。しかし、器には同じ分量しか入らないことをぜひとも知ってもらいたい。
 友人の奥さんで小学校の先生をしている人が、辞めようかどうか迷っている。疲れ切っているのだ。本来であれば家庭で行うべきしつけ(トイレットトレーニングなども含め)がなされていない子どもが増えてきている。その子どもたちに「しつけ」を教え、学力をつけるように授業に取り組み、虐待を受けている子どもがいれば、その対応にあたっていく。よく、「昔は~」という人がいたが、そういう人に、その当時には躾は家庭で行われ、今ほどの虐待はありましたか?とぜひとも聞きたい。あったとしても、地域である程度の解決はできていたのではないだろうか?

 どんな大変な仕事であれ、それが生徒や保護者からの満足となってくるものであれば、それは教師のエネルギーとなる。それが、またフィードバックとしてよりよい教育活動になっていく。

2005/09/21

うれしい誕生日の出来事

今日は誕生日
です。いくつ?と聞かれたら、「20才と192ヶ月」と答えることにしています(笑)
うれしいという年齢でもないけれど、今日はとても素敵なことがあったので、そのご報告を。

1年前に学校を辞めた生徒が来ました。彼女はいま、病院で看護助手の仕事をしています。「昔からの夢だったナースになりたいんだけど、専門学校に通うためには、高校を卒業か資格をとらなければならない。私には定時制と通信、高卒認定、どれがいいのかな?」と相談しに来てくれました。彼女は1年生の時に私のクラスで、彼女が退学した2年生の時は他の先生が担任でした。それなのに、俺のところに来てくれたことは、ちょっとうれしかったなぁ。

 いろいろな話しをしてくれました。「こんな患者さんがいて、『ありがとう』といわれて、とてもうれしかった」 彼女の姿勢はとても前向きで、「仕事はきついけれども、やりがいがあるから、どうしてもナースの資格が欲しいんだ」というその輝いた目が印象的です。

 山に登るのは一つのルートではない、道草を食うから道は楽しいもんだ、なんていう話しをしましたけど、今考えてみるとそんな話しは無用でした。全て彼女は分かっている、言葉にならないかもしれないけど、同じような思いを持っているよな、と別れてから気づきました。
 「つまらないものだけど」と彼女はお菓子を差し出してくれました。なにか涙がでるほどうれしいプレゼントでした。あなたが働いて、これを買ってきてくれたんだね。本当にありがとう。

 関わりを持った生徒の成長は教師にエネルギーをくれます。とても幸せになります。

 家に帰ると、「中学短文で覚える英単語1700」の見本が文英堂からおくられていました。どうにかして、合理的に英単語を生徒が覚えることが出来ないか、と考えて作ったものです。来週から書店に積まれます。ネット上で音声ファイルが無料でDLできるという(たぶん)日本ではじめての試みです。単なる英単語を並べただけの単語集とは違いますので、ご興味のあるかはぜひともご覧下さい。

そして、書店様!!

どうか、平積みして下さい!

と願いつつ、受け入れてもらえるかどうか不安でもあり、楽しみでもあります。

2005/09/20

とあるえらいの先生の話

ある先生が自分の研究発表をしていたときのとあるえらい大学の先生の先生の話。

「誰がやっても同じような結果が出るものでなければ、科学とはいえない。だから、あなたの研究発表にはそれほどの意味がない」

うーん、久々に聞いたなぁ、この意見。
確かにそうだよね、化学の実験では、温度だけでなくて、湿度までも気をつけることがある。そういえば、陸上競技でも一定以上の風が吹いていると「追い風参考記録」なんていわれちゃうよね。

でも、教室の中で同じような条件ってあるんだろうか?

いちばんの対象ともいえる生徒の英語力はもちろん、性格だって、家庭環境だって違う。クラスの雰囲気なんてぜんぜん違うよね。

何時間目の授業かも大きな要素。午前中の授業は集中しやすいけど、5時間目に体育、6時間目に英語、なんていうときは、本当にたいへんです。「生徒が集中しないのは、授業がいけないからだ!」といくら思おうとしても、時間割を恨んでしまいます←責任転嫁?(笑)

そこで、やっぱり自分たちの状況にあった目標を設定して、それを達成していくことでいいんじゃないかなぁと思う。1人1人課題が違うわけで、その課題を解決していくことが教師の仕事なんだから、厳密な意味での科学性なんてどーでもいいのではないか? もちろん、課題を解決していく上で、参考となる考え方は机上にあるかもしれない。しかし、それを自分で調理しなければ教室では使えないよね。

課題がある程度解決したら、新しい課題を自分で探して、その解決に取り組んでいく。極端な話し、授業で生徒を寝かせないようにするとか、しっかりと席に着かせている、という目標でも十分じゃないかな? 

いろいろとたいへんな時代だから、楽しくやっていきたい気がします。

突然ですけど、「眞鍋かをりのココだけの話」ってniftyのブログだったんですね。この頃のお気に入りです(^^;;

2005/09/17

競馬と(英語)教育

こんなところでカミングアウトも何だけど、
競馬が好きだ。(年間に、10回程度ですけど(^^;; )
馬券を買って、、というのもそうだけど、
競馬場で知人とビールを飲みながら、あーでもない、こーでもない、と話しているのが好きだ、というのが正確な言い方だけど。

久しぶりに競馬場に行き、関西に所属している上手な騎手を狙って買おうとすると、
兄貴分が「この頃、彼は調子悪いよ」という。
兄貴曰く、「彼は馬の乗り方が荒くて、故障をさせるからか、いい馬に乗せてもらえなくなった」
あまりにも、全力を馬に出させすぎてしまうから、馬が故障してしまうのだそうだ。

「進学を重視」という学校の中には、とにかく受験指導、受験指導、という学校がある。
年間、どのくらい予備校の模試を受けたか、どんな勉強をしたか、
放課後も受験のための補習を行い、長期の休みにも補習をする。

学力の低下がいわれている中、確かにこれは保護者にとっては魅力的かもしれない。
しかし、「学ぶ」という生徒の中の内面的な可能性を刺激しないで、
「受験、偏差値を上げる」ということだけを目標にしていると、
多少の偏差値のアップはあるかもしれないが、
高校を卒業してからも学び続けていくのか、大いに心配してしまう。
もちろん、「知らないことを知る」喜びを教えている先生が多いとは思うんだけど、
そういう危険性があるのではないかなぁ、とも思う。
(そのためには、教師自身が学ぶ楽しさを実践する必要があるんだろうけど、そういう余裕をはたしてお上が考えてくれているかはちょっと疑問があるけど)
ひとたび、スイッチの入った生徒が、自発的に学習をしていくと、すごいパワーになりますね。
「総合的学習の時間」は、このためにあると俺は思っていたんだけど、なぜかこれも、中途半端なままで、迷走しているけどね。

大学生になった時に、学ぶ楽しさを知っていて、本を読み、学ぶことをする学生生活と、
バーンアウトをして、大して本も読まない生活、どちらがいいのかなぁと思う。
競馬とリンクさせるのは暴力的な論だとは承知の上、
ちょっと天の邪鬼になってみました。

リンク集にもリンクしているけど、
生徒の知的好奇心を上手に刺激して、魅力的な実践をしている先生がいる。
「勉強の出来る生徒なら…」とはよく私たちがする「いいわけ」の一つではあるけど、
この先生の実践からは、意識ある英語教師ならだれでもヒントを得ることが出来るだろう。
学ぶことに対する積極的な姿勢や、生徒の知的好奇心の刺激の仕方、
そしてそれに対する教師としてのフォローなど、本当にすごいなぁと思っています。

英語教育の明日はどっちだ!TMRowing at best
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/

2005/09/14

ある日の風景

 今日は4時間の授業。1時間目はReading、2時間目はWriting、
4時間目にOCⅠ、5時間目にWritingという日課だ。
一日に4時間授業があると、なかなか堪えるものである。

3時間目に、教材研究をしていると、退学した生徒からの電話がくる。
話しを聞いていたのだが、どうも難しい話しがあるらしく、来週の放課後にやってくる約束。
その後、教材研究。
6時間目は、10月から始める「3ヶ月で英検3級は合格するぞ!」講座の準備。
ともかく、英語が苦手だが、まぁ3級くらいはとって卒業したいなぁ
と思ってくれた生徒を集めて←なんか、へりくだっている(笑)
勉強会を開く。
そのための準備。
それから、明日使う授業の印刷に、AO入試の自己推薦文の書き方の原稿作り。

放課後、まずは、先ほどの講座を受ける生徒の実力診断。
テストをしている間に、AO入試の自己推薦文を早々と書いてきた生徒のチェック。
明後日から開始される就職希望者と面接の最終練習。

それが終わった頃に実力診断の答え合わせ。
うーん、やはり誰も英検3級には今のままでは合格できない。
65点中、18,19,20点のトリオまでいるではないか!
でも、大丈夫だよ。
こんな感じで、やるだけやってみよう。

知人であり、先輩教員のI氏と会う予定が会ったので、荷物をまとめていると、
別の生徒がやってきて、文書添削。
彼に電話をかけて、約束を1時間ずらしてもらう。

I氏と情報交換。なるほどね、ふむふむ、と有意義な1時間のディスカッション。

そして家に帰り、子どもをお風呂に入れて、食事をし、
とある生徒に電話をかけて、保護者と話す。
今回の件はなかなか、手強い課題である。

そうやって、いまブログを書いている。

この後、英語を専門で学習したい生徒と学ぶための英字新聞の記事の検索をして、
自分の勉強をして、12時には寝よう。

うーん、これも民間では・・・っていう例の言葉に打ち消されてしまう程度のことなのかな・・・?

2005/09/13

暑い中での授業

いやぁ、それにしても暑い。暑い。暑い。
午前中から、教室の気温は何度になっているのだろうか?
日光がダイレクトに入り、
若者が30数人もいる教室である。
教室内温度は何度になっているかわからない状況だ。

ウソのようなホントの話しなのだが、
今年の7月に、気だるくなり、軽い頭痛になった。
どうも、軽い熱中症になっていたらしい(^^;;

こんな話しをすると、
「高校って、クーラーが入っているんでしょ?」
と聞かれることがある。
でも、胸を張っていいましょう!
「クーラーなど入っていません!」

こういうと、
「でも、職員室にはクーラーがあるんでしょ?」
胸を張って答えましょう。
「クーラーなどありません!」

ちなみに、研究室脇の教室で授業をするときは、
扇風機を持っていくくらいです。

この暑い中での授業は、する側にも、受ける側にも一種の地獄。
ただ、一ついいことがあるとすれば、、、
冷房病とは無縁っていうことかな・・・?

あ、もちろん、クールビズは当然です。
室内気温が余裕で35度を超えるんですから!

2005/09/08

どうして英語を勉強するの?

どうして英語を勉強するのか?

これは古くて、新しい問いかけである。
いわく「異文化理解」
いわく「他言語の獲得を通じて、ウンタラカンタラ」
いわく「世界共通語だから、ウンタラカンタラ」
などなど、いろいろな答えが出て来た。

でも、「受験にあるから」というのが、高校生にとっては正直なところだったのだろう。
その一方で、そんな風にいう人は英語関係者では多くない気がする。
うーん、これってどうしてだろう?
「顧客」(=生徒)と商品(=英語)に対する明確な一致点がないまま、
取引をしている気がするんだけど。

「受験にあるから」以上に説得力を持つ言葉がない限り、
英語教師のことばは、生徒の心に達することはないかもしれないね。

その一方で、「どうして・・・?」というのは、
純粋な疑問ではなく、それをいわせる課題が生徒にあるのではないだろうか?
英語が分からなかったり、
スランプに陥ったり、
勉強自体に行き詰まったりなど、
自分の言葉にならない気持ちが「どうして英語を勉強するの?」という
質問をださせているケースが経験ではとても多い。

はたしてそんなときに、
「英語は国際語だ」「異文化理解だ」などといっても、
プロレスと剣道の対決のようなもので、かみ合わないだろう。

「英語を勉強する意味かぁ、うーん、あなたは、どうしてだと思う?」
「どうして勉強するか分からなくなったんだね。何がきっかけで、そう思うようになったの?」
と尋ね返す方が、生徒の援助につながる事が多いのではないか?

教師は学者ではない。机上の論理は、彼らに任せておけばいい。
生徒の成長を援助しつつ、自分で課題を解決できるような力を、
あらゆる時に促すことがその仕事ではないか?

え? 私の答えですか?
「分からなかったことが分かるようになる→自己尊重意識の成長」
そのうち、また細かくお話ししたいと思います。

2005/09/07

校了!

正直、ホッとしました。
今日、文英堂の編集者Kさんと最後の打ち合わせをして、
原稿を渡しました。

「どうやったら生徒が単語を覚えることが出来るか」
と思って、作業を始めたのが昨年の11月。
「これだけは覚えておいて欲しい」という単語を、
中学校の教科書や公立高校の入試問題、単語集などを入念にチェックして、
約1200の語句をピックアップしました。

それを、260のセンテンスにまとめ、約1150の語句を使いました。

思い起こせば、大変な作業が長かったなぁ。
ALTのAと遅くまで打ち合わせをしたり、
限られた単語でセンテンスを作る作業で土日がつぶれたり、
アイディアが浮かばずに、焦りを感じたり、
うまくセンテンスが出来たときは、自己満足に浸ったり(笑)

ともかく、初校をして、再校をして、ようやく念校の原稿をお渡ししました。

正直申し上げて、
中学校のどの単語教材よりもすぐれています!←この自信はどこから?(笑)
今月の下旬に書店で販売されますので、
中学短文で覚える英単語1700
をご覧下さい。

2005/09/03

ALTの廃止にもの申す

今日は懇意にしていたALTのAさんの離日。
生徒二人が行くというので、一緒に成田空港まで見送りに行く。
彼のベース校の先生や、ガールフレンドも来ていて、
ちょっとした人数になっていた。

思い起こせば、Aさんほど素晴らしいALTとは会ったことがなかった。
勤務時間など気にせず、
打ち合わせで必要とあれば、夜の8時から、
ということもよくあることであった。

その人柄に惹かれて、
生徒の中には英語を勉強するようになったものもいる。
前回の英検で2級に合格したYさんはその筆頭格だろう。
もちろん、Yさんも今日は空港まで来ていた。

残念なことに、
ALTまでが「民間委託」となっている。
時間を選び、その時間のみ、
民間の英会話スクールから派遣されてくるのだ。
つまり、「時間講師」なので、その時しか来ない。

Aさんとのように生徒と部活を行ったり、
夜遅くから打ち合わせをしたり、
一緒にホームルーム活動を行ったり、
文化祭や体育祭に参加したり、などはなくなるわけだ。

授業は授業で大切なことはいうまでもないが、
それ以外の活動の中で、人間は信頼関係が深まる部分があるのではないだろうか?
実際にAさんと生徒はそうだった。

AさんはALTとしての契約後も日本への滞在を希望したので、
「英会話学校に就職はできないの?」
と尋ねたところ、
「英会話学校で講師としているネイティブとは一緒にやりたくない」
と答えていた。
10倍にも及ぶALTの試験を合格して、
教育活動としての英語教育に参加していた彼は、
どっかの英会話スクールのようにチケットの販売ばかりを考えている
そんなネイティブと一緒にはなりたくない、というプライドがあった。
自分は生徒の人間的な成長をサポートする教育活動に参加している自負があったのだ。

そういう自負・プライドが、私たち教員から信頼感を得ていたし、
生徒の向上心をくすぐっていたことは間違いない。

財政難も確かにあるかもしれないが、
ALTの廃止は、英語教育に100害あって、10利程度しかないのではないだろうか?

2005/09/01

始業式&世間は狭い

始業式は、何かと慌ただしい。
式自体は遅くまではかからないが、色々な仕事が一気にやってくる。
担任をしていると、とくにそれを感じる。

今日も式の後に、生徒が準備室にやってくる。
「大学のAOの書類だけど~」
「就職の関係何だけど~」
「専門学校をここに決めたよ~」
などなど、夏休みが終わり、進路本番の2学期が始まったことを実感。

夕方には、教科書関係で編集者からメールを見る。
偶然なのだが、この編集者とは数年前に他の件で一度仕事をさせて頂いた。
とても素敵な女性で、彼女の持つパワーと明るさに勇気づけられたことを思い出した。
人間の縁なんて、どこでつながっているのか分からないものだ。

« 2005年8月 | トップページ | 2005年10月 »

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
フォト
無料ブログはココログ

おすすめ